六本木から

われながらいい年して何やってんだと思うこともあるが、それでも鏡に向かわない限り、自分で自分の姿が見えないというのは人体の上手い設計だ。おかげでわが身を省みずに、あちこちと動き回ることができる。
今まさに、この瞬間から、何かが変りはじめているかも知れないと思うと、気が急いてならない。こうして今、ぼくが向かっている先が、現代のキャバレー・ヴォルテールでないという確証はどこにもないのだから。
むろん、これまでのところ、そんな大変革など起こったためしはなく、だからこそ、今もぼくはこうしていつものようにパソコンに向かってキーを叩いているのだが、そのことをもって、鏡のほうに向き直る理由にはならない。

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