マイブーム2

朝から暑いですね。

よし、朝サウナに行こう!

公園でラジオ体操をする老人たちを横目に見ながら駅に、そしてサウナに向かう。夏は朝サウナ。今年もまたこの季節がやって来た。

楽天地スパでは、抹茶水風呂のイベントをやっていた。冷水に浸かっている時のほのかなお茶の香りは悪くないが、バスクリンを入れすぎたような濃い緑色はあまり好みではない。水の色は透明なまま、お茶のエッセンスだけを加えるようにすればいいのに。

ともあれ抹茶水風呂で身体をしっかり冷やして、再び朝の街に飛び出す。冷えた身体が外の生ぬるい空気に次第に包まれていく感覚が堪らない。

ドトールで朝飯。

昼はパスタ。島根県浜田港で上がった魚介のラグーのスパゲッティー。

夜は急遽差しでお酒を飲むことになった。残念ながら色っぽい飲みじゃない。とはいえ、久しぶりに外でたくさんお酒を飲んで、ずいぶん回った。

実をいうと、この二ヶ月余りの間は、お酒をほとんど飲んでいない。誰かと外で飲むような人付き合いの機会自体が限られているし、少々思うところがあって、外でも家でもひとり飲みするのを控えている。

思えば、二十代の頃は毎晩のように当時の仲間や同僚と飲みに行っていたし、三十近くなると、居酒屋でひとりで飲むことを覚えた。といって、大してお酒が強いわけでもないんだけど、大人になってから、何日もお酒を飲まない期間が続くことはなかった。

それが、ここしばらく、お酒をほとんど飲まずに過ごしているというのは、私にとって驚天動地の出来事で、これもコロナ禍での生活の変化ということになるかも知れない。

そして、お酒を飲まなくなった代わりに、毎晩飲むようになったのが、これです。

オールフリー。近頃のもうひとつのマイブームと言ってもいいでしょうね。

思っていた以上にいけるし、家で飯を食いながら何か飲むにはこれで十分だと思った。アルコールが入っていないから、酒税がかからない分、安いし。近所のスーパーだと、350ml缶がひと缶百円。酒飲みからは軽蔑されるかな?

さて、久しぶりに酔って帰って、夜の散歩やら銭湯やらは面倒くさくなってパス。やっぱりお酒は人心を惑わすね。6,263歩。

マイブーム

あ、猫。

目が合ったらダッシュで逃げられた。

いい天気。芙蓉の花がきれい。

昼はさんま開き。思うところあって定番の鯖塩焼きは回避。

この前鈴本で志ん輔さんが演ってた、缶詰の鯖水煮に醤油を垂らして旨そうに食べる様が目の奥にずっと残って、家で時々鯖缶食べちゃうんですよ。ま、実際の鯖缶は志ん輔さんが演ってた程旨くはないけど(近所のスーパーで特売してた安物だからかな)。

この白い花はムクゲで合ってる?ムクゲと芙蓉の違いが分かったようで分かっていない。

今日は特に書くこともないので、コロナ以後の私のマイブーム(頭痛が痛い)でも披露しましょうか。

黒ごませんべいです。

写真は近所のスーパーに置いてあるもの。埼玉県川越市の丸福米菓製。最近はこれをご飯代わりに食べているといっても過言ではない。

こちらはセブンイレブンで扱っているもの。私の黒ごませんべいブームは、ここから始まりました。

もともと、誰かが買ってきてくれたのがずっと家に残っていたんですよね。それをなんとなく食べてみたら、なかなかいけるではないですかと。同じ商品をセブンで見つけて買うようになって、その後、近所のスーパーでも黒ごませんべいを置いているのを知ってからは、そちらのほうを常用するようになっています。

ありふれたお菓子のようで、セブンと近所のスーパー以外で見かけなかったんだけど、先日、出先で入ったファミリーマートでみつけたのがこちらです。

実はセブンに置いてあるのと同じ、埼玉県比企郡川島町のカネフク製菓製。しかし、せんべいの大きさも一袋あたりの容量も微妙に異なる。売り先毎に作り分けているものなんですね。

三点を並べてみましょうか。丸福米菓製のせんべいが明らかに大きいですね。味は違うといえば違うけど、取り立てて言う程ではないです。

というわけで、他に黒ごませんべいを見かけたとか、旨い黒ごませんべいを知っているとかいう方がいらっしゃいましたら、ご一報いただけると幸いです。

あ、7,330歩。

初ライブ

気がついたら9時半。寝坊した。目覚まし時計が鳴ったのに目が覚めなかった、ということはよく眠れているのか。慌てて洗濯機を回す。

駅までの道すがらにトンボが低く飛ぶのを見かけた。今シーズン初。梅雨が明けて夏が来たばかりで、秋の気配を感じるのも可笑しい。

浅草演芸ホール八月上席昼の部に。この席は落語芸術協会の番組。そして、大喜利として芸人によるデキシーバンド「にゅうおいらんず」のライブがある。「にゅうおいらんず」のライブを見るのは私は今回が初めてのはず。もう十何年も続いている毎年恒例の興行なのに、どうしてこれまで見逃してきたかねえ。そして、バンドの生演奏を聞くのは今日がコロナ後初めて。図らずも、音楽家の演奏より先に、落語家の演奏を聞くこととなった。

開口一番
桂壱福「狸札」
神田子太郎「越ノ海勇蔵」
前座さんが二人続けて口演。壱福さんは米福門下、いかにも前座さんらしい訥々とした語り口に却って好感が持てる。講談の子太郎さんは陽子門下。
落語 三遊亭遊かり「寄合酒」
漫才 母心
ボケ役(嶋川武秀さん)が着たスーツが、赤銀色?の生地で鮭の皮みたいだと突っ込まれる。またこの人が歌舞伎好きが高じて日本舞踊の名取を取ったということで、日常のシチュエーションに義太夫と歌舞伎ふうの所作を持ち込んで笑わす。
落語 立川吉幸「真田小僧」
寄席の客は口が固いらしい。こまっしゃくれた子供が書いた学校寄席の感想文からの「真田小僧」の前半まで。
落語 橘ノ圓満「金明竹」
何と言うか、独特な髪形の人。「金明竹」は前半まで。「どうしておじさんと猫を一緒にするんだ」「だっておじさんいつも猫かぶってるんだもん」でサゲ。
漫談 ナオユキ
庶民のささやかな生活の一幕を哀感を込めて語る。密かに人間観察をしているのだろうか。
落語 桂米福「ぜんざい公社」
田舎町に滝を見に行った男が、帰りの電車の時間待ちに「町営ぜんざい会館」に入ったところから物語が始まる。
落語 三遊亭遊之介「浮世床」
与太郎の蝋燭の火を消す戦争ごっこ、王様のいない将棋。
音曲 桂小すみ
端唄「さわぎ」「さつまさ」に続いて、ジョビンのボサノバ曲「ウェーブ」とは寄席らしからぬ選曲だが、この人はもともと東京学芸大学音楽科出身の洋楽畑とか。
落語 瀧川鯉昇「蛇含草」
座布団に座ってから、口を開くまでが鯉昇さんの間。時節柄の扇風機やかち割り氷のまくらを振ってからの「蛇含草」。餅の食い方で鯉の滝登りの芸当。食いすぎで下を向けず、下駄が見えなくなった男に隠居「履き物はここにあるよ」、男が胸のあたりを指して「吐くものはここにもあります」でサゲ。蛇含草は食べない。
落語 古今亭寿輔「猫と金魚」
寿輔さんを聞くのもずいぶん久しぶり。派手な黄色い着物姿はお馴染み寿輔さんなのだが、こんなに客席をいじる人だったかなあ?たまたま三列目の真ん中の席に熟睡している客がいたということもあるけど、その客をネタに高座から他の客に話しかける。大ベテランの噺家さんに失礼ながら、かつての高座からは神経質な印象も受けたものだが、ずいぶん肩の力が抜けたように見えた。「猫と金魚」は、金魚をすっかり食べてしまって金魚鉢の中に入った猫に、内視鏡で猫の腹の中の金魚を見ればいいという奇想天外なサゲ。

落語 三遊亭遊馬「たがや」
たがやを無礼討ちにしようという馬上のお侍に対して、居直ったたがやの啖呵に胸がすく。
漫才 宮田陽・昇
落語 春風亭柳橋「やかん」
落語 春風亭昇太「短命」
曲芸 ボンボンブラザース
客席から飛ばしてもらう帽子がなかなか頭の上に乗らない。また見当違いの方向にばかり飛んで行って笑いを誘う。まさか仕込みってことはないよね。
落語 三遊亭小遊三「野ざらし」
笑点の元色男キャラ、現泥棒キャラの小遊三さんには、この下心丸出しの能天気な男がはまっているかも。
大喜利 「にゅうおいらんず」

今回の「にゅうおいらんず」のメンバーは以下のとおり。
トランペット:三遊亭小遊三
トロンボーン:春風亭昇太
ギターバンジョー・司会:春風亭柳橋
ピアノ:桂小すみ
ベース:ベン片岡
ドラムス:高橋徹
アルトサックス:金子礼
ちなみにベン片岡さんは芸協事務員。高橋徹さんは本職のジャズミュージシャン。金子礼さんは若干19歳、親子二代のジャズミュージシャンとか。
もともとサックスはミーカチントさん(浅草ジンタにいた人らしい)が演奏する予定だったのが、コロナ禍で実家の富山から出てこれなくなったため、急遽この金子礼さんが参加することになったそう。確かに表の看板はミーカチントさんの名前のままになっている。金子礼さんが19歳の紅顔の青年ということで、小遊三師がこの場にいない桂文治師をネタにいじることいじること。

しかし今日の出演者は富山づいている。桂米福師は富山市出身、母心の嶋川氏は高岡出身らしい。そしてこのミーカチントさんも。

本日の演目は以下のとおり。
「タイガー・ラグ」
「私の青空」は、昇太師が歌唱。
「初恋によろしく」は、オリジナルは西郷輝彦が歌ったらしいが、小遊三師が歌唱。
「セントルイス・ブルース」
「聖者の行進」

都合6時間近く、浅草演芸ホールの椅子に座っていたらお尻が痛くなった。

寄席ではどうしても落語協会の番組を聞く機会が多く、落語芸術協会の噺家さんは正直馴染みが薄い。でも、今日昼席を通しで聞いてみて、「猫の金魚」「ぜんざい公社」などはいかにも芸協らしい演目と感じたし、同じ演目でも落語協会の噺家さんとは違う型で演じていることが分かる。

浅草を出て、曳舟経由で錦糸町に。楽天地スパで疲れを癒す。そのままラストまで。7,522歩。

本日初日

8月になった。空き缶を出し、洗濯物を干す。ラジオから本日梅雨明けの知らせ。冬物のスーツをクリーニングに出すのを忘れていたことに今さら気づいてクリーニング屋に持ち込むなど。

午後は銀座に。銀座もコロナ以来初かも。東銀座の駅で降りたら歌舞伎座に本日初日の垂れ幕が。そうか、歌舞伎公演も今日から再開だったか。何かと難しいことも多いだろうが、とにかく恙無きことを願う。

久し振りに森岡書店に顔を出した。茅場町に店舗があった頃からたびたび伺っていたが、銀座に移転した後は数える程しか来られていない。といっても、銀座に店が移ってもう5年になるのだとか。早いなと思うばかり。

石原稔久さんの名前は初めて知った。福岡で活動されている陶芸作家とか。本展では、自作の陶製の人形やオブジェと、それらを表紙にあしらった絵本が展示されている。つまり、人形を作るだけではなく、それを絵本の体裁に仕上げるまでが作品制作なのだ。

絵本の帯には、著名人らしい人からの推薦の言葉が記されている。どこかで聞いたことがあるようなないような名前。手に取って開くと、あれ、中のページはすべて真っ白。これは見本か何かなのかなと、いぶかしげに見ていたら、あえてこのような白いページにしているのだと森岡さんが教えてくれた。手にした人が自分なりのイメージを広げたり、家族で話し合ったりしてくれることを作家は期待しているのだという。ちなみに、その帯の文句もすべて作家が書いたのだとか。

どの絵本も、ページを開かない限り、実際にこのまま書店に並んでいてもおかしくない程に作り込まれている(いや、ここは確かに書店なのだが)。徹底しているというか、一杯食わされたというか。実に手の込んだユーモアなのだ。

その後、銀座界隈を歩いて、何ヵ所かギャラリーを回っているうちに時間切れ。

夜は楽天地スパに。9,396歩。

芙蓉の花が咲きました

通り道のトタン塀の上にピンク色の大きな花が咲いている。毎日のように前を歩いているのに気がつかなかった。

芙蓉の花で合っているかな。ムクゲの花とよく似ていて迷うが、同時期に花を咲かせる近縁種であるらしい。

ムクゲにしても芙蓉にしても、私が子供の頃から咲いていたのだろうけど、特にこれといった記憶がない。富山ではあまり名前を聞かなかった気がする。南のほうの花なのだろうか。似合う、似合わないで言うと、北陸の風景には似合わない気はする(個人の感想です)。

朝はドトール。朝刊に戸田ツトムと旭堂南陵両氏の訃報が出ている。戸田氏のほうは前日にSNSで流れてきたのを見て知っていたが、そうか、旭堂南陵さん亡くなったのか。上方の人でもあり、この人の講談も聞かずじまいだった。名前は時々目にしていた。記事にもあるが、大学に入ったり、選挙に立候補してみたり、講談の枠を壊そうともがいていた人という印象があった。

戸田ツトムといえば、私が学生の頃は、ちょっと洒落た装丁を見れば、大抵この人の仕事だった。しばらく名前を聞かなかったが、二、三週間程前か、あるイベントの後、居合わせた装丁家の方と話したら、その方の師匠が戸田ツトムだという。その時、本当に久しぶりに戸田氏の名前を聞いて、あの頃の印象に残る装丁のいくつかを思い出したりしていた。

昼は珍しくハンバーグ。

月いちで診てもらっている本所三丁目の医院に。その後本所吾妻橋の薬局に寄ってから、所用のある錦糸町に。結果、三ツ目通りから浅草通り、さらに四ツ目通りあたりを歩いて、本所地域をぐるりと半周する格好になった。

夜の散歩はパス。夕方ずいぶん歩いたからいいでしょう。11,280歩。

折りたたみ傘がない

鞄の中にあるはずの折りたたみ傘がない。取り急ぎ長傘をさして出掛ける。

しかし折りたたみ傘をどこにやったかな。昨日は巣ごもりだったから、傘は一度もさしていない。すると、その前の日に、どこか出先で忘れてきたか。いや、もしかして何かの拍子に部屋の中で鞄から出して、そのまま家に置いてきたということはないか。

実は月曜の燃やせないごみの日に、もう使わないだろうと思って、予備の折りたたみ傘を出したばかり。もし本当に無くしたなら、すぐに代わりを注文しないと、いつ梅雨が明けるか分からないし。

こんなふうに、折りたたみ傘のことが頭から離れないまま午前中が過ぎた。

昼になって、まずオリナスのスタバに電話。それらしい忘れ物はなかったという。続いてもう一件の立ち寄り先に電話したら、よかった、そこにあったか。

安心して食事をいただく。今日はしまほっけ。

われながら私は魚を綺麗に食べる。私は特段取り柄のない男だが、これだけは取り柄のひとつに挙げてもいいと思う。魚を綺麗に食べるコツは、多少の小骨や皮は気にせず食べてしまうこと。そんなのコツでも何でもない、ただ食い意地が張っているだけではないか、とご指摘の向きもあろうが、自分でもそう思う。

食後にコーヒー。勧められるまま自宅用の豆も購入。

夕方、予定をひとつすっぽかして、先方に迷惑をかけた。完全に時間を思い違いしていた。折りたたみ傘が出てきたことに安心して、頭の中がお留守になっていたのだろう。

帰宅して、疲れが出たのか、身体が少しだるい気がする。このご時世だから念のため体温を計ると、35℃台。だいたい私は平熱が低めなので、体温は異状ないようだ。しかし、もし平熱が33℃台という人がいたら、これでも高熱ということになるんだろうか。

家で適当に飯を食って、早々に寝てしまった。8,021歩。

梅干しとサイレン

午前中に一時間程隅田川沿いを散歩。

草や木が小さな花を咲かせている。こうやって散歩しなければ顧みることはなかった。多くの人にとってもそうだろう。

花は人に見られての花なのか、それとも花として花なのか。あれこれ思いを巡らすが、どうにも纏まらず言葉にするのを諦めてしまう。

常夜灯の背後に蝉の脱け殻を見つけた。近づこうとする足許を蝉が一匹ジジジと飛んでいった。この脱け殻の元の入居者かは分からない。

大きく横書きで「本所…」の後は何と書いてあるんだろう。亀沢町や横網町といった地名も読める。

いつもは隅田川の左岸を桜橋のたもとで川岸に降りてから白鬚橋方向に、つまり反時計回りに歩くことが多いのだけど、なんとなく今日は逆向きに、つまり桜橋を渡ってから右岸を白鬚橋に向かって歩いてみる。そんなささやかな違いでも、普段目に留まらない景色がある。

ずいぶん遅くなってから、散歩は抜きにして、自転車で銭湯に出掛けた。

両手で大きくお湯をかき混ぜながら湯船の中を歩き回るおじさんがいて、迷惑だなという顔をしていたら、程なく上がっていったので、それで静かになった。

この銭湯は天井が高い。他に客はいないし、いつにも増して広々として感じる。これだけの広い空間を独り占めできるのは、公共空間(銭湯もそうだ)ならではの贅沢さだろう。他には、例えば木場の東京都現代美術館の人気のない展示室でも同様の感覚が味わえる。

消防車がサイレンを鳴らして走っていくのが見える。どうやら近いようだ。心なしか、マスク越しに煙のにおいを感じる。

いかにも野次馬だけど、ちょうど自転車でもあるし、消防車が集まっているあたりまで行ってみた。消防隊の人がマイクを取って「浅草○丁目で火災の通報でしたが、只今火災の事実を確認中です」と言ったのは、火事は大したことがなかったか、あるいはいたずらだったのかも知れない。

そうなると、さっき私がマスク越しに感じた煙のにおいは何だったのか。梅干しを思い浮かべると唾が出る。サイレンを聞くと煙のにおいがする。

巣ごもりの日はこんなものか。6,300歩。

眠くって仕方がない日

前夜は一時間おきに目が覚めて、よく眠れなかった。気候のせいか。眠りが浅いところで二度寝しては危険だから、思い切って起き出して、台所で洗い物をしながら、そうだ、せっかく早起きしたんだから、いっそサウナに行こうと思い立った。

というわけで、コロナ後初の朝サウナに。たまたまサウナ室で目に入ったテレビの星占いが最下位。まあ、今が底なら買いということです。

サウナでさっぱりして目が冴えてくれればと思ったけど、むしろ身体がほわっとした感じになって、眠くって仕方がない。

昼は鯖塩焼き。しっかり食べてお腹がくちくなって、眠くって仕方がない。

錦糸町で所用を済ませて、オリナスのスタバで休憩。今日はソイラテにしてみた。朝からコーヒーを何杯も飲んでいるのに、眠くって仕方がない。

帰宅して就寝。9,385歩。一日中眠くって仕方がなかったわりには歩いた。どこで歩数を稼いだんだろう?

朝刊読みくらべ

燃やせないごみの日。bだけ入力できないキーボード、その他諸々。

朝から近所の猫が遊んでくれた。私に向かって身体を投げ出すように横たえる。そんな猫も人も他にはいない。

ドトールで鞄から朝刊を取り出したら、うちで取っている新聞と違う。出掛けに郵便受けから取り出して鞄に突っ込んだ時は気がつかなかった。最近、この新聞の私の地域の配達店が、専売店から別の系列の販売店に変わったようで、配達の人がまだ慣れてなくて間違えたかな。

昼はソースカツ丼。食後、新しい配達店の電話番号を調べて、夕刊と一緒に朝刊を配達し直してくれるよう依頼。

アートトレイスギャラリーに。日曜日から火曜日までの三日間という短い会期の展示をやっているようなので、とりあえず見に行く。

女性の作家の二人展で、作家のうちひとりが在廊していたけれど、何と言うか、ずいぶん押しの強い人で、作品もしかり、あまり自分というのをぐいぐい押して来られると、こちらは腰が引けてしまう。

もうひとりの方の作品からは、社会と関わろうという意図は伝わるのだけど、その社会の認識がどうも模式的というか。どちらも感想を書くのに言葉を選ぶ。

錦糸町まで歩いて、別のドトールに寄り道してから帰る。小雨混じりで帰宅後の散歩は無し。朝刊二紙を読みくらべつつ就寝。9,739歩。

私の90年代

朝からの雨が上がって、外に出ると快晴。日射しが強くて、頭のてっぺんが焼けそうなくらい熱い(これは個人的な問題か)。季節が変わった気がした。

曳舟から浅草に。銀座線に乗り換え。

車内にパチッ、パチッという音がする。何かと思えば、私の対面に座った乗客が爪を切っているのだった。

スーツにネクタイ姿、グレーの髪をきちっと分けた、いやしからぬ風采の紳士が、膝の上に鞄を置いて、その上で手指の爪を切っている。

切り終わったら、爪切りをスーツのポケットに入れ、鞄の上に飛び散った爪を丁寧に集めて、持参の紙おしぼりに包んだ。

実にきちっとしている。しかし、きちっとした人がそもそも電車で爪を切るかなあ?

爪が綺麗になったら、今度は手鏡を取り出して何やら目元のあたりをチェックしている。今や、おじさんが電車の中で身だしなみを整える時代になったのだと感心する。

末広町で降りて、3331に。

「アーリー90’s トーキョー アートスクアッド」の最終日。案外空いてて少々拍子抜け。

先年の1968年や1980年代の美術を回顧する巡回展に続いて、1990年代も回顧やアーカイブの対象となったかと思うと感慨もあるが、本展はそこまで包括的ではない。でも90年代前半の東京という限られた時間と場所を共有する人なら引っ掛かるものはあるんじゃないかな。

何より、私自身が1990年に上京して大学に入って、95年に卒業して就職している(年数が合わないと言うなかれ)。私の90年代は事実上95年で終わっているし、その時代認識は本展と符合している。

当時の私はまだ自覚的に近現代美術を見ていなかったから、知らなかったり見逃したりした展示やイベントも多い。が、本展の重要な参照項目のひとつとなっているレントゲン藝術研究所には何度か足を運んだし、ささやかな思い出もある。

そういえば、本展とは関係ないのだけど、二、三年程前か、年少の仲間と喋っていて、2015年と言おうとして95年と言ってしまったことがあり、それも一回ならず何度もそう言い間違えてしまったので、すっかりおじさん扱いされてしまったのだが、つまり私の潜在意識の中で1995年と2015年は直結しているんだと痛感した。まさに失われた20年というやつ。

高田馬場に。早稲田松竹で「ラ・ジュテ」 「去年マリエンバートで」と「インディア・ソング」を続けて見る。いずれも初見。

現下のコロナ禍のため、かなり座席を間引いての指定席制になっている。上映時刻に来ても満席で見られない場合があるらしいので、早めに来てチケットを購入し、近所の銭湯で時間を潰した。

長年この界隈をうろうろしているのに、ここには初めて入った。私の好きなタイプの銭湯、つまり無色透明で少し熱めのお湯がたっぷりとしていて、水風呂がきりりと冷えている。サウナはないが、私は銭湯ではサウナに入らないから構わない。脱衣室も流し場も広々として気持ちがいい。何で今まで知らなかったかなと思う。

映画は三本とも参った。こういうやり方があるんだな…。細かな感想は改めて書ければ書きたいが、三本に共通した感想があるとすれば、映画というものが、映像の芸術であると同時に、言葉の芸術であるということ、あるいは映像(それは静止画であっても構わない)と言葉が絡み合ってイメージを喚起していくものだと思い知った。

結局、季節は変わらなかったようですね。11,477歩。基本、屋内にいたのに、案外歩いた。