初肌寒

巣ごもり日。あまり早起きはできなかったけど、幸い雨が止んでいたので、少しの間だけでもと朝の散歩に。ついにTシャツ姿で外に出ると肌寒く感じる季節になった。

コンビニでサンドイッチとアイスコーヒーを買って帰って、朝ごはん。

結局この後は家から一歩も外に出ずに過ごす。朝少しでも歩いておいてよかった。台風の接近を気にしつつ。3,598歩。

馬から落ちて落馬

昨夜は少し横になるだけのつもりで、結局そのまま寝入ってしまった。今朝はさすがによく寝た。燃えるゴミを出してから、遅くならないうちに外出。

半蔵門へ。駅を出たところにあるサンマルクカフェで朝飯がてら、今日の演目をざっと予習してから、国立劇場に。

9月文楽公演の千秋楽。第一部は「寿二人三番叟」から。思えば、今月の公演はコロナ後初の文楽公演で、その皮切りに劇場の再開を寿ぐのがこの演目。楽日に見るのは順序が逆になってしまったか。

二人の三番叟の後ろ姿に、両袖から肩にかけて見えるのは羽を広げた鷹だろうか。ふとダイエーホークスの鷹ジャンを思い出す。

四竿の三味線のアンサンブルと人形遣いの足踏みの太いリズムに身をゆだねていると、次第に腹の底から高揚感が沸き上がってくる。

続いて「嫗山姥」。源頼光の四天王のひとり、坂田金時の生誕にまつわる物語。讒言を受けて行方不明となった頼光の許婚、沢瀉姫の無聊を慰めるために姫の館に召された煙草屋源七、実は坂田時行とその妻である遊女の八重桐が予期せぬ再会。二人の浅葱色をあしらった衣装が目に鮮やかに映る。

切腹した時行の情念を受けて鬼女と化した八重桐が、姫を奪いに来た敵方を追い払う。この八重桐の人形のかしらが、立ち回りの途中で「娘」から「角なしのガブ」に変わるのだが、結構目を凝らして見ていたのに、どんな仕掛けでかしらが入れ替わるのか、まったくわからなかった。まさに人が鬼に変身、変化するように、かしらが変わった(桐竹勘十郎演)。実は、その前にも顔貌が変わったように見えた一瞬があったのだが、すぐに娘の顔に戻っていたから、私の見間違えなのだろう。いや、それとも、その時も一瞬だけかしらを替えていた?わからない。

一部と二部の間に、小劇場二階の食堂に行ってみた。実はこの食堂に入るのは初めて。せっかく文楽を見に来てるんだから、ここは大阪ふうに、きつねうどん。まあ、大阪の味とは違うだろうけど、気分だけでも。

しかし食堂はガラガラ。こんなに客が来なくて商売がやっていけるのか心配になるほど。劇場の客入れを通常より減らしているせいもあるだろうが、多分それ以上に、団体客が来ていないんだろうな。空いているお陰で、ゆっくりしても気兼ねが要らないのは有難いが。

第二部は「鑓の権三重帷子」。「鑓の権三」と呼ばれる鑓(やり)の名手で、美男子として評判の笹野権三が、茶道の師匠である浅香市之進の妻、おさゐとの間で不義をはたらいたとして、おさゐと共に追われ、最後は盂蘭盆会で賑わう京の伏見の橋の下で、市之進らに討ち果たされる。実はこの不義は無実なのだが、一旦は立身出世に近づいたと見えた権三が、運命を転げ落ちるように死に向かっていく。

物語の設定では、権三は数えの25歳、おさゐはその一回り上の37歳。市之進はおさゐのさらに一回り上の49歳。そして市之進とおさゐの娘、お菊は権三の一回り下の13歳。ちなみに、ここに挙げた全員が同じ酉年生まれ。

この浄瑠璃を原作にした篠田正浩監督の1986年公開の映画『鑓の権三』では、権三は郷ひろみ、おさゐは岩下志麻が演じたのだとか。ああ、なるほど。34年前の郷ひろみと岩下志麻の姿を想像すると、この物語の権三とおさゐの関係が腹に落ちる気がする。映画も機会があれば見てみたい。

権三と言い交わした仲の娘、お雪がオレンジ色の着物に身を包んで現れる。この色は目に新しい。お雪から二人の紋を刺繍した帯を受け取る時に、さりげなくお雪の肩に手をまわす権三の所作。いかにも女慣れした風情。

お雪の兄、伴之丞と権三が馬比べをして伴之丞は落馬。「馬から落ちて落馬」という言い回しは、「頭痛が痛い」と並んで、よく知られた重言だけど、そうか、この浄瑠璃が原典だったのか。

自身の娘お菊を権三と添わせようと考えていたおさゐ、権三に言い交わした仲の娘がいることを知った時の目が実に怖い。

市之進の留守の間に、茶の湯の秘伝の巻物を見せてもらおうと、夜更けの数寄屋におさゐを訪ねる権三。しかし、よりによって、どうしてこんな時に、お雪から渡された帯を締めてくるかね。

話は飛んで京橋の場面。武芸の達者のはずの権三が、自ら刀を捨てて切られにかかった。そして先に倒れたおさゐの上に重なるように、権三も最期を迎える。そうか、外題の「重帷子」は、二人の衣服が重なるさまを指しているのか。

無実の不義といいながら、実は権三もおさゐに情があったんだろうか。それとも、二人の間に真情があったかのように見せるのは、市之進に面目を立たせるための、権三の武士としての最期の一念だったのだろうか。

半蔵門から一旦曳舟に戻り、プチパリジャンに寄って石川君にストリートピアノのチラシを託す。コーヒーを飲みつつしばし雑談の後、錦糸町に移動して所用。

楽天地で古本市を物色していたら、猫六のマスターに声をかけられた。

楽天地スパに。

サウナにいる間に雨が降り出したらしい。小雨に濡れながら帰った。8,514歩。

眠すぎ

寝起きがすっきりしない。寝不足気味の頭で、洗濯機を二回動かして干したり、朝飯とも言えないようなものを作って食べたりしているうちに午前中が過ぎる。

午後から外出。永田町で有楽町線乗り換え、中村橋へ。

練馬区立美術館も久し振り。一昨年の池田龍雄展以来か。2年位はあっという間に経つ。

緑地では子供たちが元気に遊んでいて、いかにも休日の公園という風情である。一方、美術館のロビーには鑑賞に疲れた大人たちが居眠りする姿が見えて、好対照を成している。もっとも、2時間後には私自身がこの大人たちに続くことになる。

「Re construction 再構築」展に。

開館35周年記念を謳う展示だが、当館の所蔵作品と、4人の現代作家による「所蔵作品を再構築した作品」を組み合わせた構成で、コロナ禍による制約もあろうが、この実直さは好ましい。

展示の冒頭はもっぱら所蔵作品による構成だったが、戦中、戦後の作品からは、制作された時代背景と作品との不可分性が静かに伝わってくる。難波田龍起の繊細な抽象画の前でしばらく佇んでいた。

所蔵作品の再解釈・再構築に携わった4人の作家の中では、流麻二果さんのアプローチが印象に残った。作家はもともと、既存の絵画を取り上げた作品のシリーズを制作しているというから、その手法と今回の展示の趣旨は親和性があったのかも知れない。

所蔵の日本画を取り上げて制作した自作と元の絵をそれぞれ並べて展示していたが、併置された作品の間から、元の絵に秘められた声が聞こえてくるようだった。それは文楽人形と太夫の関係を思わせた。

大小島真木さんの作品は何度か見たことがある。最近だと府中市美術館での公開制作か。人間と動物、植物の生が混淆する世界観とスケールの大きな作品には毎回目を奪われるが、生の中にあまり性を感じないように思う。あるいは私が見落としているのか。そのあたりは、少々物足りなくもある。

せっかく練馬まで来たので、東池袋で降りてレスタに寄ろうか迷ったけど、結局どこにも寄り道せず帰った。適当に夕飯を食べて、腹がふくれたので少し休んで、1時間程したら散歩がてら銭湯でも行くかと思って横になったら、気がついたら3時過ぎ。6時間位寝ていた。

眠すぎ。6,276歩。

宿命

二度寝、三度寝くらいしたのかな。起き出して朝飯代わりにいちじくを食う。

折り畳み傘をカバンに入れて出ようとしたら、もう雨が来そうだったのでビニール傘に替えた。

少々早昼で、こぐまの焼きカレー。近いのに滅多に来なくて申し訳ない。申し訳ないついでに、ストリートピアノのチラシを置かせてもらう。

靴郎堂本店さんの軒下プロジェクト参加作品。初めてちゃんと見た。

東向島珈琲店に寄ったら棟梁がいたので、前日のカミソリ堤防BAR等についてしばし雑談、というか棟梁礼賛。ストリートピアノのチラシはあんまり減ってなかった。

恵比寿へ。LIBRAIRIE6の井桁裕子さんの展示は本日最終日。前回はストリートピアノの説明ばかりしてしまって肝腎の作品をちゃんと見てなかったので、再見。

こちらはやきものはまったくの門外漢なので、在廊していた井桁さんに、頓珍漢なことをいろいろ伺ってしまう。球体関節人形の素材に使っている粘土は石粉粘土といって、やきものに使う粘土とは別なのだそうだ。

多くの作品では手が一本しか見えないのに気づく。それも、実際の人体を考えると、不自然な場所から手が現れている。ひとつは、造形上の自由度に係わるらしい。

もうひとつは、愛する二人が身体を寄せると、時に腕が邪魔になるということらしい。

新宿三丁目へ。KEN NAKAHASHIに松下まり子さんの展示を見に。予約した日時がすっかり頭から抜けていて、中橋さんには失礼した。

人間とも怪物ともつかない異形のひとがたが、こちらに向かって両手を広げて立っている。大きな掌に包み込まれるようである。何かを握りつぶしている手もある。人間に潜む怪物性の表れのようでもあるが、人間に対するペシミズムを突き詰めて、最後笑うしかなくなって、反転したようなポジティブさがある。また、そんな芸当ができる人を芸術家というのだろう。

半蔵門へ。国立劇場の9月文楽公演に。第三部と第四部は、もともと公演初日の9月5日に観劇する予定だったが、公演関係者に発熱の症状が出たということで、急遽その日の第二部以降の公演が中止になってしまった。慌てて今日のチケットを取り直した次第。

第三部は「絵本太功記」。尾田春長(史実の織田信長)を討った武智(明智)光秀が真柴久吉(豊臣秀吉)との対立に至る物語だが、そうか、今年の大河ドラマは明智光秀が主人公なんだ。普段テレビを見ないものだから、芝居を見ている時はそのことに思い至らなかった。

光秀が春永を討った後、都を逃れた光秀の母が隠れ住む尼崎の侘び住まい。近所の百姓たちが唱える南無妙法蓮華経の声がけたたましい。老母は夕顔の白い花にじょうろで水をやっている。そこに光秀の妻が息子の許婚とともに訪れる。居並ぶ三体の衣装が目に残る。母は辛子色、妻は藤色の衣装、そして娘は鮮やかな赤姫。三代の女の姿から、女の一生の諸相を一望するようである。

光秀の息子十次郎は、討死必至の初陣を前に、まだ祝言を挙げていない許婚の初菊と離縁しようと独りごつ。しかしそれを隠れ聞いた初菊曰く、「二世も三世も女夫ぢやと思うてゐるに情けない」、この二人は未だ「二世を結ぶの枕さへ、交わす間も」ないというのに。かくも自分にかかる宿命を我が事とできるのか。それが宿命というものか。

母の死を思い切るように、光秀は母が丹精していた夕顔の実を一刀のもとに切り落として、久吉との対決に向かう。光秀もまた抗えない宿命に引き寄せられていく。

第四部は「壺坂観音霊験記」。盲目の夫と信心深い妻の夫婦だが、夫は病をはかなんで谷底に身を投げ、夫の死を嘆く妻も後に続くが、観音菩薩の慈悲により夫婦は蘇生し、夫の目も見えるようになって、めでたしめでたしという話。登場人物は夫婦と観音様だけで、筋もシンプル。この物語を文楽で見るのは初めてかも。

まったくの個人のルサンチマンだけど、この物語のように、相思相愛の二人がハッピーエンドで終わる話というのは、見ていて胸にもやもやしたものが残る。できれば、特に美男美女のカップルは心中して終わってほしい。まあ、この二人は善人のようだし、先に苦労しているから、まだいいか、という程度である。

そんなわけで、せっかくだから見ておくか、という気軽な調子で見たのが却ってよかったのか、思いの外、打たれてしまった。とりわけ後半の「山の段」、谷底を見下ろす崖の上で身もだえするように死に向かう夫と妻の姿が胸に迫った。たまたま席を取った場所もよかったのだろう、舞台上には人形と、その背後で感情を押し殺すように操る人形遣い、そして床の上では、何かが憑依しているかのように迫力の形相で人形に感情を吹き込む竹本錣太夫さんと、その隣で表情を変えずに太棹を弾く竹澤宗助さん。この四者が、私の視界の中で、まるで惑星直列のように一列に並んで、渾然となった。

ふと思った。妻が夫を追って谷底に身を投げた後の話は、ひょっとすると、現世ではなく、来世での出来事ではないのだろうか。言うまでもなく、観音様が死者を蘇生させるなど、現実には有り得ない。が、現世での救われなさを思うと、そうとでも願わないとやりきれないだろう。こんなことを考えているうちに、胸のもやもやも消えた。

芝居の後は寄り道せず帰ったが、昼間行ったり来たりしているうちに案外歩いた。10,988歩。

昼酒

2週間分の空き缶を出せてスッキリ。午前中は宅配便を3個受け取り。ひとつは散歩用のスニーカー。今履いているのが具合がいいので、その色違い。

吾妻橋まで歩きがてら、甘夏書店さんとikkAに寄って、先週持ち込んだチラシの様子を確認するなど。

ついでにikkAさんでお昼。お茶づくしランチプレート。

時間読みが甘くて、実はこの後タクシーに乗ってしまった。

吾妻橋の東橋詰付近の堤防で、「カミソリ堤防BAR」のイベントに参加。

一杯目は「ムーンドロップ」というオリジナルカクテル。なんでもバーテンダーの大会で2位を取ったカクテルとか。爽やかでいい。ショートカクテルだがそんなに強さは感じなかったですね。

二杯目はハイボールに。

いつ雨が落ちてきてもおかしくない曇り空だったが、隅田川を背にして出ずっぱりのバーテンダーのお二人には、むしろこのくらいの天気でよかったのかも知れない。快晴だと首筋に西日が当たって大変だっただろう。

このイベントは、決して形だけのなんちゃってバーではなく、地元のオーセンティック・バーに協力を仰いで、一流のバーテンダーが作る本格的なカクテルを、手軽な値段でいただけるのだから有難い。しかもこんな場所で。

隅田川の堤防でバーをやりたいという話は、この企画の首謀者から、ずいぶん前から折に触れて聞いていたので、長年の熱意とバーテンダーとの信頼関係があって実現できた企画であることは、よく分かる。

続いて、かつて隅田川のこのあたりにあったという「竹町の渡し」を再現しようという企画。当初は手漕ぎの船を使おうという案もあったらしいが、水上タクシーを手配しての実現となった。

渡しというなら、隅田川を向こう岸まで渡って、戻ってきておしまいとなるところだが、吾妻橋のたもとから出航して、桜橋を過ぎるあたりまで行って引き返してくる、結構な遊覧航行となった。これまで水上バスや屋形船には乗ったことがあるが、この水上タクシーは、船が小さい分、水との距離が近い。

吾妻橋から都バスに乗って、錦糸町に。所用の後、すみだ珈琲さんで休憩がてら、ストリートピアノのチラシ置き依頼。

楽天地に行ったら、ビルの間の通り抜けになっているところで古本市をやっていた。この場所で古本市を見るのは私は初めて。映画のパンフレットがたくさん出ているのは、映画館のある場所柄を狙ったのかな。映画関係の書籍や、美術、音楽関係も多い。つられて3冊購入。パルコの3階でもやってるようだから、今度来たら覗いてみよう。

楽天地スパに。今日は1時間コースではなく、ゆっくりで。1時間コースだと慌ただしい分、濃密な時間になるが、ゆっくりのコースだと、どうしても薄味の過ごし方になる。同じ施設じゃないみたいに心構えが違う。

地下鉄のエスカレーターの降り口に卵が割れていた。

6,644歩。一ヶ月ぶりの少なさだが、昼間から飲んじゃったし、致し方ない。

予感と事件

昨夜は蒸し暑かった。なかなか寝つけず、だらだらとYouTubeを見ていたせいで、寝不足の朝。

朝はドトールの持ち帰り。大豆ミートのサンドイッチというのを初めて。ゆっくり、じっくり味わえば普通の肉との違いも分かるのかも知れないけど、慌てて食べる分には正直どちらでも構わない。

昼は鯖塩焼き。二日連続だが流れでこうなった。食後は河岸を変えてコーヒーを飲みつつ、ストリートピアノのチラシ置き依頼。

アートトレイスギャラリーへ。

展示作家のひとりの岡本羽衣さんは、何年か前、今の文華連邦の場所がドマトココという名前だった頃に、展示を見に行って、言葉も交わしたことがあるはずだが、どんな作品だったか、もう思い出せない(というか、ドマトココの名前も、にわかに思い出せなかった)。

が、今回の稲垣美侑さんという人との二人展は好ましく見た。稲垣さんの作品の中で、塗り重ねられ、あるいは貼り重ねられた色彩や形が語り出して、さらに並べて展示してある岡本さんの作品とも会話が展開しながら、世界が広がっていくようだった。

近くの緑図書館で時間調整してから、アートトレイスギャラリーに戻ったけど、それでもまだ早い。手持ちぶさたにしていると、イベントの準備のためにいくつかの作品が一時的に場所を動かされていた。定位置で展示されていた時とは少し違って見える。なんだか作品が楽屋で休憩しているみたいだ。

永瀬恭一さんによる連続対談「私的占領、絵画の論理」の第三回に。第二回に続いての参加。今回の対談相手は辻可愛さん。辻さんは二年前にTABULAEで個展を拝見したことがあるが、それ以前の作品は、私の目には新しい。

今回の対談は「予感を描くことは可能か」と題されていたが、辻さんの初期の作品の、人体の一部とおぼしき物体を大きく描いた絵画は、確かに「今にも動き出しそう」と感じられるものだった。

一方で、永瀬氏からは「事件現場」という言葉も出ていた。投影された辻さんの作品には、一本の紐が無造作に置かれたさまを描いたものもあり、この状況はすでに起こってしまった事件ということなのだろう。

画面上に配置されたものから生じる気配が、時に予感として感じられたり、事件として感じられたりする。それは時間軸上のゆらぎなのだろうか。

何かが起きようとしていることと、何かが起こったこととの関係を片付けられないでいるうちに、さらに、何かを起こそうとしていること、が現れた。この三つをどう整理すればいいのかと、ぼんやり考えているうちに、対談の時間が終わった。

歩いて錦糸町へ。

1時間だけ、楽天地スパに。

かじめラーメンは一回食べただけで終了。こんなところからも9月の終わりが近づいているのを感じる。

8,240歩。表示上はそうだが、駅に着いたところで電池が切れたから、実際はプラス数百歩か。

通りがかり

朝はドトールの持ち帰り。昼は鯖塩焼き。ニシンの唐揚げカレー風味というのと迷ったが、安定志向に流れる。

夕方、錦糸町に。時間までオリナスのドトールで休憩。

所用を済ませて、錦糸町から両国へ。

30分もあれば歩いて行けるだろうと思っていたら、少々時間超過。駅の間なら30分で歩けただろうけど、錦糸町の北東の端から両国の南西の端までだから、余計に時間がかかった。

両国門天ホールで、ストリートピアノすみだ川2020のチラシを追加で受け取った。

ストリートピアノすみだ川は、例年両国橋の東側の橋詰で行われていたが、今年は微妙に場所が違うようだ。てっきり同じ場所なんだろうと思い込んでいた。

ストリートピアノは、どうしてこんなところにピアノが?という場所にピアノが置かれるのがいい。知らずに通りがかった人が、実はピアノの腕に覚えがあって、見事な演奏を聞かせてくれることがある。今は音楽をやっていなくても、子供の頃にはピアノを習ったという人は結構いるから、町には案外ピアノの弾き手が埋もれているものなのだ。そんな人たちが思いもよらない場所でピアノと再会して、かつての記憶を呼び覚ますというのは、ちょっと面白い。

その点では、今年はコロナ禍の影響で、演奏者が予約制になってしまって、通りがかりの人が演奏できないのは、少々残念ではある。

歩いて浅草橋へ。もういい時間なので、ほんの軽く、採り箸にも気を使いつつ。

浅草橋から浅草線に乗って、京成曳舟まで。13,529歩。

後朝の別れ

巣ごもり前の朝の散歩に。桜橋を渡って山谷堀公園に入る。

落語の「明烏」ではないが、江戸の頃なら今時分はこのあたりを朝帰りの客が通ったろうかと思う。ふと後朝の別れという言葉が思い浮かぶが、あれは平安時代の話だったか。でも江戸のことだから、案外吉原の遊びというのは、昔の貴族の通い婚の見立てだったのかも知れないな。

休業中の銭湯の様子を見に行く。営業再開はまだ先のよう。

泥酔の定義が明らかになった。

玉姫稲荷、橋場不動尊に寄って、白鬚橋を渡って帰宅。

巣ごもりは却って疲れる。夜の散歩に。

看板の多い料理店。

汐入公園から墨堤通りに入って、北千住まで。

先週初めて行った銭湯に、今度は歩いて来た。自宅からの最短ルートではないと思うけど、1時間20分程かな。

表に出たらぱらぱらと雨が降ってきた。雨模様だし、これから一時間歩く気もしなくて、北千住から電車に乗って帰る。

散歩スタイルで、人通りの多い街を歩いたり、電車に乗ったりするのは、何だか恥ずかしい。誰も見ていないのは分かってはいるけど。19,267歩。

相対性理論

さすがによく寝た。洗濯とゴミ出しをして外出。朝はドトールのテイクアウトで。

昼はパスタ。自家製ベーコンと野菜のスパゲッティー。

夕刻、錦糸町へ。コーヒーで時間調整がてら休憩。

所用を済ませて、パルコ2階のスタバに。ここは初めてかも。

店を出ようと思ったら、出口にテープが張られていて焦った。21時を過ぎるとパルコの店内には出られなくなるんだな。裏手のエレベーターで降りることになる。

というわけで、エレベーターで1階に降りてから、別のエレベーターに乗り換えて9階へ。

楽天地スパに60分コースで入館。

サウナ室の中で、ぼけっとしながら12分計を見ていると、数分はあっという間に経つ。それなのに、水風呂に入って時計の秒針を見ていると、案外時間が経つのが遅い。時間は均等に流れない。こういうのを相対性理論というのだろうか。

電車の向かいの客を見るでもなく見る。

マスク美女が増えたと言われる。私もそう思う。一方で、男はそう感じない。マスク姿のカップルを見ても、なんでこの男と女がくっついてるのかなあと思うばかりである。同じようにマスクをしても、及ぼす効果が均等ではない。こういうのもある種の相対性理論なのか。

8,066歩。

葉焼け

前夜の寝つきが悪くて、寝不足でふらふら。二度寝すると危険だから、早めに身支度を済ませて外出したが、頭がぼおっとして、あんまり朝の記憶がない。そういえば玄関を出たところで不燃物を出すお向かいさんに出くわした。

椿の若い葉が葉焼けを起こしてしまった。というか、葉焼けという言葉もこの鉢植えを預かってから初めて知ったのだが。

椿の鉢を受け取ってしばらくは、ずっと家の中に置いていた。ところが、9月になったばかりの日、写真を撮る必要があって、朝方に鉢を表に出した後、そのまま外出して、翌朝か、もう次の日だったか、何枚かの若い葉の一部が茶色く変色しているのに気づいた。慌てて鉢を家の中に戻したが、取り返しのつかないことをしたと思った。

厚く成長した濃い緑の葉は、夏の強い日射しにも耐えた。若い葉は、脆弱なものなんだな。

朝ドトールに寄ったことも記憶が判然としない。昼もコンビニでサンドイッチなどを買って済ます。

まっすぐ家に帰って、お腹がくちくなるまで食べて、すぐに寝た。7,613歩。