横道

雨の朝。

朝はドトールで軽く。昼は適当にコンビニで買って。夜は居心地のいいカフェを探しあぐねて結局スタバで。こう書くと単調な食生活ですなあ。

帰宅後、夜の散歩に。桜橋を渡って待乳山聖天の前に出たら、浅草駅の方向に消防車の赤いライトが見える。光につられていつもの散歩道から外れて、言問通りに入った。

言問通りも道路工事中。工事を避けて一本奥の道に入ると、他の散歩者の姿も見える。アニマル浜口ジムに出くわす。

言問通りから千束通りに。昨夜雨やどりに入ったバーがもとあったのはここだったか。看板がまだ残っている。

上の写真右の街灯が並んでいるのは花園通り。ここを進むと左側に吉原の灯りが見えてくる。

銭湯を出て、普段なら一葉桜・小松橋通りを直進して帰るところ、気まぐれに浅草警察署の前で折れて、山谷堀のほうに。

あ、猫がいる。

われながら猫に触れる時の手つきがぎこちない。

この猫は、私の前にも通りがかりの二人連れに触られていた。人慣れしてるんだね。首輪を着けているから飼い猫なのだろう。

13,906歩。あちこちで横道に逸れたおかげで捗った。

雨やどり

怠惰に午前中を過ごす。適当なものを作って食べたり。

思い切って午後から外出。今にも雨が落ちてきそう。

曳舟から東武線に。思えば、県境を越えるのはコロナ後初めて。

新越谷駅で降りて、南越谷駅から武蔵野線で南浦和に。ものすごい雨。ホームの屋根の下まで雨のしぶきが入ってきて思わず後ずさり。

京浜東北線に乗り換えて北浦和に。

北浦和駅に着いても雨の勢いは変わらず。公園の緑がすぐそこに見えているので、意を決して歩く。途中で靴下を脱く。

埼玉県立近代美術館に。「写真と映像の物質性」展は今日までの会期。

牧野貴さんという人の映像作品。テレビの砂嵐のような高速で動く粒子が大写しになっている。減光フィルターを片目に当てると、急に粒子の動きが減速するように見えた。そのうち、レイヤーの重なりが見えてきて、それぞれのレイヤーで粒子は動いているようだった。この粒子と見えたものが「揺れる木の葉や水の中を流れる塵など」だったというのは、ハンドアウトを見るまで思いもよらなかった。

横田大輔さんという人の作品。窓のある広い展示室に、大きな透明のシートが重なりながら立てかけられていて、そこでは混濁して明瞭な色と形をなさないイメージが外からの光を透かしている。このどこか不穏なイメージは、作家独自の方法で乳剤から生成されたという。化学反応によって透明フィルム上にイメージが現れる過程は、私の世代にはまさに写真そのものだが、デジタルネイティブの世代にはどう映るのだろうか。

展示室の窓から見える外の人はもう傘を差していない。

Nerholという二人組の作品。遠目にはキャンバスに絵具を厚く重ねたものかと見えたが、近づくと、写真がプリントされた紙を数センチの厚さに重ねて、それをカッターなどで彫り込んだものだった。物質感が先に立って、その物質が何かということまでは考えが至らなかった。思えばこのような技法は、インクジェットプリントに拠らずとも、印画紙でも可能だろう。とはいえ、デジタル以前は、イメージを共有するために紙にプリントすることは必須だったが、デジタル以後は必ずしもそうではない。むしろ、紙へのプリントは過去のメディアに引きずられた行為と言えるかも知れない。デジタル以後の紙を使った写真作品が帯びる意味を思った。

滝沢広さんという人の、ベルリンの地下鉄駅の構内が鏡に写った写真と、引っかいたような線や点が散らばるイメージを組み合わせた作品。後者はキネカリグラフィかと思った。実際は、駅に置かれた鏡の表面をスキャンして得られたイメージだそうだが、キネカリグラフィがフィルムに直接傷をつけてイメージを得るのに対して、媒体をガラス板に置き換えたと考えてもいいのでは。そもそもガラス乾板の写真もあるわけだし。原初的なイメージング装置としての鏡、ということを考えた。

迫鉄平さんという人の作品。作家の目に映るものをスナップ写真のように動画に収めて、それをアーカイブして作品として提示しているというか。作家の周りの風景も既製のイメージもフラットに扱っているように見える。言ってみれば、どうということのない風景やイメージの連続なのだが、そもそも、われわれの生活は、そんなどうということのないものの連続なので、それを衒いなく提示しているとは言えるだろうか。

美術館を出たら青空が顔を覗かせていた。

帰りは京浜東北線で鶯谷に。

駅近くのサウナセンターに寄るか、それとも浅草辺まで歩いて、いつもの銭湯に行こうか迷って、後者に。

その前に、古書ドリスに立ち寄り。店が森下にあった頃は何度か行ったし、遡れば東京に出店する前の徳島時代に通販で本を買ったこともあるけれど、鶯谷に移転してから訪れるのは、実は初めて。食指を動かしていると切りがないから、場所も確かめたし、また来ましょう。

すっかり暗くなった。金美館通りを歩くのも初めてで、よさそうな喫茶店をちらほら見かけたけど、もう店じまいの時間。ぶらぶら歩いているうちに国際通りに突き当たった。ここまで来ればお馴染みの街並み。

ひと風呂浴びて歩き出したら雨。どんどん降りが強くなって、乾いてきたスニーカーが、またぐしょ濡れになりそう。

そこで、これ幸いと、先日散歩の途中にパンフレットをもらったバーで雨やどり。広い店内に相客は年配の男性ひとり。スツールに腰かけて土砂降りの雨を見ていた。

この店は、前は千束通りのコンビニの二階で営業していたのが、7月からこの場所に移ったそう。店名はbookcobar。bookcoverとbarをかけている。天井に届く書架いっぱいの本と店名は関係あるのかと思ったら、特に関係ないのだとか。本は建物のオーナーの建築家の趣味で、お店を経営している若いご夫婦は店子。おかみさんのほうのお父さんが革細工を作っているそうで、革のブックカバーから店名を取ったらしい。

相客はそのお父さんだった。飲んで自転車に乗らないよう娘さんから注意されているのも微笑ましい。お父さんの趣味という寅さんの映画を見ながら、お店のオリジナルブレンドのワインを飲んだ。沢田研二が若い。そうかこの映画がきっかけで田中裕子と結婚したのか。

雨が上がったので、酔わないうちに失礼。ほろ酔い加減で雨上がりの川風に吹かれて歩いた。13,349歩。

突発的

空缶と段ボールを出して、午後から天気が不安定そうだったので洗濯はパスで。

地下鉄を大手町駅で降りて、オアゾの下を通って、東京駅へ。このルートで東京駅に抜けるのは何気に初めて。

東京ステーションギャラリーのバウハウス展に。

この展示も予約制。今回は早めに予約したが、実は先週だったか、直前に思い立って見に行こうと思ったら、目当ての時間帯がすでに一杯だったことがあった。

人数制限しているのだろうが、それでも展示室は結構お客さんが入っている。

展示の冒頭に掲げられたテキストの中で、バウハウスとは何か?との問いに対して「バウハウスとは、学校てある」という端的な答えが提示されている。なるほど、「学校」の展示、というのは、こういうものなのだろうな、と思う。美大の卒展のようなものとも違う。ある教育・研究機関の活動を概観する展示だ。

バウハウスの課程が、基礎教育を行う予備課程と素材毎に分かれた工房教育を行う本課程から構成されているというのは知らなかった。

基礎教育の課程の演習として制作された紙製のオブジェが展示されていたが、「作者不詳」の作品に心を動かされることも滅多にないものだと思った。つまり、この教育段階では、学生の答案を展示するようなもので、作家としての記名性はまだ獲得されていないのだ。

これが、工房教育の課程になると、作家の卵として、作品も記名性を帯びるようになる。例えば、マルセル・ブロイヤーの椅子のように。

さらに工房は産業と結びつくことになる。版画工房が商業広告に移行したことは示唆的だし、成果物の商品化は近年の大学における産学連携や、同時代の理研産業団も思い起こさせる。バウハウスがナチス政権の弾圧で閉鎖させられたという歴史は承知のうえで、20世紀の総動員体制を考えるうえでも先駆的だったのかと思う(そもそもバウハウスは国立の機関として設立されたのだから)。

展示室内で唯一撮れた写真

東京駅から、さっき来た経路を逆戻りして、大手町から地下鉄に乗って半蔵門に。今日初日の国立劇場文楽公演の第三部から見るつもりだったが、半蔵門駅近くのカフェで休憩していたら、本日第二部から休演の情報。どうやら舞台関係者のひとりに発熱の症状があったための対応ということらしい。

せっかく国立劇場まで来たのだから、伝統芸能情報館の展示を見ていくことにした。六代目菊五郎の手になる扇面や軸が展示してあったけど、役者の手すさびというには達者なものですね。

しかし、今年の2月以来の文楽公演、また3月見る予定だった歌舞伎公演が中止になってしまったので、久し振りの国立劇場でもあったのだけど、こういうこともあるんだな。携わる人の数が多いから、気を遣うことだろうと思う。

これからは、演劇に限らず、諸々のジャンルで、こういう突発的な予定の変更はあるものだと考えておくのがよいのだろう。例えば、プロ野球の話だが、ドーム球場が増える前は今より頻繁に雨天中止があったわけだけど、そんな感じで、本日の興行はコロナのため中止、となっても、ふーん、と受け流すくらいに思っておいたほうがよいのかも知れない。

というわけで、突発的に予定を観劇からサウナに変更して、東池袋のタイムズ スパ・レスタに。

久し振りにタイ健式のマッサージをお願いした。肩の凝りに加えて、ふくらはぎの張りが半端なかったのが、おかげで多少マシになった気がする。

マッサージの後、階下のラウンジに降りたら、外は雨が降っていたようだ。館内にいて気づかなかった。

程々にレスタを出て、日付の変わらないうちに帰宅。10,263歩。散歩しなかった割には捗った。

こびとさん

巣ごもり日。朝起きられなくて、散歩どころかゴミを出すのも省略。そのまま夜まで家から一歩も出ずに過ごす。

所用を済ませて、雨が上がるのを待って外出。

小銭入れだけ持って出掛けたが、中にほとんどお金が入っていないことに気づいて家に引き返す。銭湯に行くには小銭が必要だという厳然たる事実を突き付けられる。

旧DDI(現KDDI)の蓋(正式には何と言うのだろう?)。旧電電公社の蓋はよく見るが、DDIのは珍しい。しかしこういうのは長持ちするんだねえ。

足の向くままぶらぶらと、山谷堀から千束通り、吉原をかすめて歩いて、適当なところで銭湯に。出る前にぼんやり考えていたところじゃないけど、まあいいでしょう。

柿がなってる。こういうのを見ると、もう秋がそこまで来てるんだなあと思う。

12,946歩。ちょっと意外。日中巣ごもって、夜になってから出た分にはずいぶん捗った。正直、1万歩も歩いたような感じがしない。銭湯に入っている間に誰かが代わりに歩いていたんじゃないかと思うくらい(こびとさん?)。

自分を見つめ直すために

寝坊気味。朝はコンビニで適当に買って済ます。

昼は中華定食。前から一度行ってみたかったほうの店ではない。

錦糸町へ。多少時間がタイトだったのでバスに乗ろうと思ったら、目の前で発車したばかり。最近そんなのが多い気がする。おとなしくバス通りを歩いて移動して、まずまず間に合う。

所用を済ませて、夜サウナに。

すっかり忘れていたけれど、9月の木曜日はあらめ海藻風呂の日だった。洗濯ネットのような網の袋にあらめが入ったのが湯舟に浮かんでいる。かすかに褐色を帯びたお湯はぬるりとして、ほのかに海藻のにおいがする。まるで昆布だしの中に浸かっているようである。というより、なんだか私自身がだしの素になった気分である。

かじめ入り醤油ラーメン。ま、どうということもないが、麺をすすっているうちに、かじめのねばねばがスープ全体に広がる。ねばねば好きには宜しいのではないでしょうか。

ところで、あらめとかじめは別の種類の海藻らしいけど、私には馴染みがないという点では同じである。太平洋側ではよく食べるのかな?

そうか、北前船を通じて北海道産の昆布が流通していた日本海側や関西以西と違って、太平洋側では昆布が手に入りにくかったから、こんな昆布以外の海藻を利用するのかも知れない。

錦糸町発、北越谷行き最終電車に乗車。押上での停車時間が長い。発車時刻は過ぎたようだが、駅のアナウンスが言うには、東武鉄道の乗務員の到着を待っているらしい。

この駅は東京メトロと東武線の接続駅だから、乗務員が交替することになっているのだろう。しかしその乗務員が来ないというのはどういうことなのか。運転手が職場放棄したとか?急に自分を見つめ直したくなって、ふらりと海でも見に行ったのか。運転手だって、そういうことはあるよね。しかし、このまま運転手が朝までずっと現れなかったらどうなるんだろう。

答えは、東武線で事故があった影響で、乗務員の到着が遅れているという、実にありきたりな理由だった。なんだ、自分を見つめ直してほしかったな。

そういや、ひと昔前のプロレスラーの欠場理由に、「自分を見つめ直すために」というのがよくあった気がするよ。

ダイヤより約20分遅れで発車、程なく曳舟駅到着。

今日も歩数は控えめに、7144歩。

19時の街

朝から巣ごもりの一日。

19時、諸々の所用を終えて、夜の散歩に。普段より早い時間に出たせいか、仕事帰りらしい人たちと散歩道でよくすれ違う。まだ勤め人が家に向かっている時間に、のんきに散歩しているのは悪い気がしないでもないが、巣ごもりの日だから致し方ない。

ここ数日少々歩きすぎたか、疲れが溜まっているようなので、今夜は軽く済ませることにして、いつもの銭湯にまっすぐ向かう。

コロナ禍以降、毎日のように歩いている道だけど、時間帯が違うだけで、街の印象がずいぶん変わる。あれ、こんな店がここにあったんだ、という小さな発見がいくつかある。思えば、このあたりを歩くのは夜の10時過ぎになることが多いので、このご時世、大抵の店はその時間には閉まっているから、気がつかなかったんだ。

通りから少し入ったところに明かりが見える。何の店だろうと外から覗こうとしたら、不意にドアが開いて店の人からパンフレットを渡された。今年の7月からこの場所で営業している小さなホテルで、一階がバーになっているらしい。今度銭湯帰りに寄ってみようかな。

こないだから、いつもの銭湯の前の通りで工事をしている。そういえば、近頃あちこちで道路工事を見かける気がする。わざわざこの暑い時期に作業服を着こんで工事をすることはないんじゃないかと思うが、これもコロナ禍の景気対策か何かなのか。

というわけで、控えめに、7,010歩。6日連続1万歩超えはならず。

人間ポンプ

必要があって、家の前に椿の鉢植えを出した。数日前から家の中で預かっていたもの。

実を言うと、これまでのところ、拙宅での植物趣味は長続きしたことがない。何度か、観葉植物を買ったり貰ったりしたこともあるけれど、程なく全部枯らしてしまった。余程拙宅の環境が植物にとって過酷なのか。まあ、当方が飽きっぽく、扱いがぞんざいなせいだろう。

近所の猫に朝の挨拶。

朝サウナに。9月のイベントは、南房総産あらめ海藻風呂とか。あらめとかじめはどう違うのかな?

朝サウナ後、朝ドトールに。

昼はおなじみの鯖塩焼き。

夕方、月いちで通っている近くの医院に。滅多に歩かない道を通ったら猫がいた。

その足で本所吾妻橋の薬局に寄ってから、ぐるっと回って錦糸町に。歩いているうちに暗くなった。

所用を済ませて帰宅後、再び夜の散歩に。といっても夕方ずいぶん歩いたから、そんなには歩かない。霧雨のようなぬるい雨が降ってきたけど、この程度なら気にならないし、むしろ気持ちがいい。

火曜は行きつけの銭湯が定休日なので、別の店に行く。来週の火曜からしばらく休業なのか、気を付けないと。

霧雨の降る露天風呂というのも悪くないものです。壁の向こうの女風呂から、はしゃぐような声が聞こえる。

19,910歩。わずかに2万歩超えならず。

ところで、おかげ様ブラザーズのきんた・ミーノさん、8月に亡くなってたんだ。訃報を見逃していた。私は関西在住でなくライブを見たことはないが、学生時代に好きだったテレビ番組の「ムイミダス」、大阪のよみうりテレビ制作で、確かTVKで放送していたと思うけど、おかげ様ブラザーズの曲「人間ポンプ」がオープニングで使われていて、とても印象的だった。

数年前、急にまた「人間ポンプ」を聞きたくなって(みんぱくの見世物展で、見世物芸の「人間ポンプ」の映像を見たからかな)、ネットで調べたら、きんた・ミーノさんは地元の和歌山で活動されてるようだったけど、その後体調を崩されたのか。

菩薩

朝は家で、朝食とも言えないようなものを軽く。昼は焼魚にしようと思ったら、店が開いてなかった。月曜は休みなんだっけな。玄関に亀のいる蕎麦屋でカツ丼ともり蕎麦のセットに。結構お客さんが入っている。

夕方外に出ると、曇り空のせいもあってか、ずいぶん暗くなるのが早くなったと思う。これからこの時間に写真を撮るのは難しくなるということか。

寄ってみようと思っていた場所があったのだけど、行ってみたら開いてなかった。おかしいな、週末しか開いてないのかな。無駄足ではあったけど、その分余計に歩けたと考えることにしましょう。

目を通したいと思った本が、横川コミュニティ会館の図書室にあるというので、散歩がてら行ってみることにする。

この場所は初めて。目当ての本を借り出して退出。これから気候がよくなれば、錦糸町から歩いて帰る途中に寄るにはいいかも知れない。

東京都写真美術館の日本の新進作家展で、原久路&林ナツミ両氏の作品が、被写体に選んだある時期の少女たちを指して、菩薩という言い方をしていたことが気になった。菩薩か…。

平岡正明の『山口百恵は菩薩である』を思い出した。篠山紀信が撮影した山口百恵の写真とともに。

山口百恵が引退した1980年は、私はまだ小学校低学年だったから、山口百恵を同時代体験したとまでは言えないけれど、当時のフィーバーはもちろん覚えている。林ナツミ氏はまだ若いが、原久路氏は私よりいくつも年上のようだから、必ず山口百恵を同時代体験しているはずだ。氏が平岡正明を読んでいたかどうか分からないけど、「菩薩」という言葉遣いには何か通底するものがあるのではないか、そして両氏の作品に表れる少女イメージの先例として、篠山紀信による山口百恵を置いてみるのはどうか、と思った。

ずいぶん歩いてくたびれた。帰宅後は在宅。13,934歩。

気配

もう30分も早く家を出られたら、途中でアイスコーヒーでも飲めたのに、そこまでゆっくりする時間はなさそう。

京成曳舟から品川乗り換え、北品川へ。

暑い中歩いていると頭がぼんやりしてくる。足許が覚束ないせいか、後ろから来た車にクラクションを鳴らされた。

原美術館に。 開館時刻の11時に予約していたら、中途半端に早く着いてしまって、外でしばらく待たされた。他にもそんな客がちらほら。

アート・スコープ展。ドイツからの招聘作家の作品が環境音楽(早世した吉村弘氏によるものという)をフィーチャーしていることに全体の印象が引きずられているのかも知れないけれど、出展作家の三者とも音の要素が大きくて、インスタレーションというより、アンビエント、という言葉がはまるよう。

日本からの派遣作家の久門剛史氏の作品で、伏せられた木のパネルから蛍光色が漏れ出しているのは、気配という言葉でいわれるような、目に見えないものを可視化すると、こうなるのかなと思った。

サンルームの中に入ると、高周波が鳴っていることがわかる。それが、しばらくそこにいるうちに高周波が隠れて、蝉の声、カラスの声、新幹線の走る音といった外からの音が前面に現れてくる。ハンドアウトに書かれている、高周波が「聴覚的な物差しとして配置」されているというのは、こういうことかと思った。不思議なことに、常に音が鳴っているのに、静寂という感じがする。静寂は無音とは違うのか。

小泉明郎さんの作品では、展示室の入口でiPodが渡されて、観客はヘッドホンで音を聞きながら入室することになる。展示室の中では、言葉で構築された彫刻を見ているとでも言おうか。もしこの状況をヘッドホンを着けていない人が見たら、王様は裸だ、ならぬ、展示室は空っぽだ、と思うことだろう。

帰りは、普段なら北品川に戻るか、品川駅に出るところを、初めて五反田まで歩いてみた。距離的には品川に行くのとそう変わらない。なるべく日陰を選ぶように歩く。

五反田から山手線で恵比寿に。ガーデンプレイスのエクセルシオールで休憩。というか、ほとんど昼寝。シエスタという感じ。

東京都写真美術館に。三つ展示をやっているけれど、こういう体力を消耗する時はあまり欲張らず、エキソニモは次回来訪時に取っておこう。

森山大道展。写真はとにかく、たくさん撮ること、そして長く続けることだなあと思う。

写真家の過去作をキャンバスにシルクスクリーンでプリントした作品が並んでいる。モノクロ写真の粗い粒子がわずかに厚みを持って、印画紙とは違う物質感がある。本当は、印画紙にプリントしたものこそ写真と言いたいところだが、むろんそういう時代でもないし、今回の展示で、銀塩プリントは美術館所蔵の犬の写真一点だけである。

日本の新進作家展。時間の経過や地理的な移動に並走して記録に留めていく写真もあれば、閉じた世界の中で作られたように見えるイメージが、かえって外の世界を浮き立たせる場合もある。ポイントは、やはり続けること、そして技術か。

NADiff Galleryに。森栄喜さんの展示「シボレス|破れたカーディガンの穴から海原を覗く」は、先日のKEN NAKAHASHIでの展示の再現と言っていいだろうか。

私は、今でこそ隅田川で産湯をつかったような顔をして暮らしているが、いわゆる標準語は私の母語ではない。意識して身につけたものだし、正直今でも話しながらアクセントに迷うことがあるくらいなので、その意味では外国語と変わるところはないとも言える。では母語は何かといえば、長年の東京暮らしでずいぶん怪しくはなったが、富山弁の新川方言ということになるだろう。それにしても、話者の育ちが農村地域か港の近くかで言葉はずいぶん違うし、世代による違いも大きい。そうやって言語集団がどんどん細分化されていくと、集団の自他の境界はどこにあるのだろう。

これをシボレスと言っていいかわからないけれど、私は、他の人が話しているのを聞いて、この人は富山人じゃないかなと気づくことがある。仮にその人が自分のことを富山人だと言わずに、標準語を喋っているつもりでいたとしても、言葉を聞けば大体わかる。それくらい、言葉に染み付いた生来のアクセントは拭いがたい。もっとも、私自身が長い間、自分の喋る言葉に意識的だったせいかも知れないが。

地方を舞台にしたドラマで、その土地の方言を、地元出身ではない俳優が話す時の不自然さは、多くの地方人の感じるところだろう。一方で、方言の壁を乗り越えているかに見える人もいる。例えば、小沢昭一さんは映画の中で上方言葉を達者に喋っていたし(それでも、大阪人が聞けば違和感があるのだろうか)、落語の「金明竹」は、噺家の繰り出す江戸言葉と上方言葉の両方がそれらしく聞こえるからこその可笑しさだろう。ということは、古来シボレスの関門をすり抜けおおせた人も、少なからずいたのではないか。そんなことをつらつら考えているうちに所定の15分は過ぎた。

曳舟に戻って、ドトールで休憩しつつ、小泉明郎さんのもう一点の作品、各自音声ファイルをダウンロードして街中で聞くよう指示されているものを試してみる。まあ、もっと目の前で雑踏が行き過ぎるような状況のほうが作家の意図には合っていたんだろう。

帰宅後は特に再外出もなし。15,959歩。

二等辺三角形

洗濯機を回して、空き缶と段ボール出しついでにコンビニに。その足で朝の散歩に出るには、もう日が高い。

午後から外出。二日連続目の前で電車に乗り損ねて衝撃が大きい。

新宿三丁目へ。

KEN NAKAHASHIに、森栄喜さんの個展「シボレス | 鼓動に合わせて目を瞬く」を見に。

今回は映像作品。緊急事態宣言下の東京の街中で行われたというパフォーマンスの記録。

人影のない街に作家の影が射す。マイナスとマイナスを掛けてプラスになるように、不在と不在を重ねると存在が際立つものなのか。

影は意味ありげに動いたり形を取ったりしている。このパフォーマンスは誰かに宛てたメッセージなのだろうか。無人の街で、誰が受け取るとも知れないメッセージ。

ふと、かつて惑星探査機に搭載された金属板のことを思い出した。地球外生命体によって受け取られる微かな期待の下に、その金属板には裸の男女が描かれていた。男性の姿が右手を挙げていたのは友好の印として、という。が、異星人はそれを好戦の印と解するかも知れない、という反対説もあったらしい。

銀座の森岡書店に。開催中の出版記念展の一環で、お茶と「ミニチュア餅」が振る舞われるという。先年来お餅には何かと関心のあるところでもあるし、いそいそと伺った次第。

ああ、お茶というのは確かにこういう味だったなと再認識するような水出しの緑茶と、薔薇の香りのする一口大の餅菓子(豆大福のようなものか)をいただいた。

溝口実穂さんという方は存じなかったが、台東区の鳥越で「菓子屋 ここのつ」というお店を出されているという。鳥越なら近い。今日のようなお茶と茶菓を戴けるんだったら、今度行ってみようかな、と思ったら、お店は予約制で、それも受付開始からすぐに一杯になってしまうのだとか。

外苑前へ。ワタリウム美術館の「変化する自由分子のWORKSHOP」展に。

作家の青木陵子、伊藤存両氏が石巻のリボーン・アートフェスティバルで行った展示を再現し、さらに展開したものらしい。

ものをつくるというのは、こういうことなのだろうと思った。つまり、ゼロから創造するといったことではなく、すでにそこにあるもののブリコラージュとして行われていることに感じ入った。

いろいろと息詰まる世の中だけど、そうか、こんなやり方もあるのかとヒントを与えられるような展示でもあった。

帰宅後、夜の散歩に。いつもの銭湯を目当てにするのもいいけれど、たまには別の場所にも行ってみたい。そこで、未踏の足立区方面に足を伸ばすことにした。

行き先の銭湯は、「北千住」「水風呂」で検索して、あまり考えずに向かったのだけど、東京メトロの宣伝で撮影に使われていた場所らしい。そういえば、この縁側の風景には見覚えがある。

立派な構えの建物で、広々として天井も高いが、肝心の水風呂がぬるいのは残念。いずれ外気温が下がって水が冷たくなったら再訪してみよう。

このまま帰るのも物足りず、浅草のいつもの銭湯に。水風呂できっちり身体を冷やして帰宅。そうそう、ここは湯上がりのシャワーも冷たいのが高得点。

後から地図を見たら、北千住の銭湯を頂点に、長辺のやたら長い二等辺三角形を歩いたようだ。28,132歩。