放置プレイ

まあまあ早く起き出した。洗濯機を回して洗濯物を干して、ゴミを出して外出。朝はドトールの持ち帰り。昼は鶏の唐揚げ定食。

夕刻、目の前で錦糸町行きのバスが出た。時間がぎりぎりというわけでもないので歩いて向かう。

所用の後で鍼を打ってもらうことになった。これで三回目。

鍼が打たれる時の感覚を擬音で表すのは難しい。先日から打ってくれている鍼灸師さんは、ずん、という言い方をすることがある。

私の場合、打たれる場所にもよるが、鍼のまわりに、何か軟体のかたまりがチューブから、にゅるりと出てくるような感じがする。

ベッドにうつぶせになって、ひとしきり鍼が打たれると、そのまましばらく放っておかれる。背中に鍼が何本も刺さった状態だから、迂闊に寝返ったり、姿勢を変えたりするわけにはいかない。

ふと、このまま鍼灸師さんが戻って来なかったらどうしようと思う。経験はないが、放置プレイというのはこういう感じなのだろうか。

実際はすぐにうとうとしてしまって、戻ってきた鍼灸師さんに起こされることになるのだけど。

鍼を終えて外に出ると夜の空気がひやりとする。昼間は暑いくらいだったのに。

思い立って錦糸町から歩いて帰った。10,014歩。

体育の日

私のスマホのカレンダーアプリを開くと、10月12日は体育の日で祝日だと表示されている。実はつい先週あたりまで、この情報を真に受けて、ストリートピアノの後の月曜が休みというのは有難いと思い込んでいた。そもそも今年からスポーツの日で、体育の日ではないのに。

ストリートピアノといえば、昨日の片付けの時に北條さんが着けていた名札に「アーティスト」と書いてあった。棟梁はBUGHAUSの一員でもあるし、アーティストを自称したって誰も文句は言わないだろう。いっそ、北條さんの作品を専門に収蔵する美術館を墨田区が造ってもいいくらいだ。名付けて「すみだ北條美術館」と。

昨夜そんなことを考えていたせいか、垂れ幕の文字が「ようこそ北條のまち すみだへ」と見えてしまって、ひとりほくそ笑む。でも、それも過言でないくらい、ここ数週間の北條さんはあちこちで出ずっぱりだったと思う。いや、過去形じゃなくて現在進行形か。

墨田区方面の一部の人しか分からないことを書いてすみません。

出がけに先週切れた蛍光灯を出した。朝はドトールの持ち帰り。昼は中華。帰宅途中に曳舟駅前の喫茶店に寄り道、アイスコーヒーにホットサンドで休憩。

12,740歩。意外と歩いたね。

段差

朝の予報では一日曇り。今日はストリートピアノが開催できそうだ。

曳舟から錦糸町乗り換え、両国へ。会場の両国リバーセンター付近を下見がてら歩いて、まずは両国門天ホールへ。

棟梁作の台車にアップライトピアノを載せて隅田川テラスをごろごろ運ぶ。今年の台車は頑丈で頼もしい。

13時からストリートピアノ開始。

このまま天気は持つかと思われたが、途中で小雨が降り出して、ピアノにビニールシートを被せたり、雨を避けて高速の高架下に移動させたり。

それでも、なんとか予定の18時まで続けて終了。

ピアノを再び台車に載せて撤収。門天ホールの前までは順調に運んだが、正面の入口から中に入れようとして立ち往生。段差を越えようとするが、あまりの重さに台車がまったく持ち上がらない。

棟梁が軽トラからジャッキを持ち出してきて、台車ごとジャッキアップ、段差と車輪の間に垂木を噛ませて、後ろからぐいと押すと、台車はついに段差を越えた。一時はこのまま動かないんじゃないかと思われた。もんてんの入口がピアノの定位置にならなくてよかった。しかし、この段差は来年までの課題と認識。

取り敢えず嵩張るものを片付けて、今日のところは解散。

文殊で蕎麦を手繰ってから錦糸町へ。

楽天地スパに60分コースで入って、40分のボディケアを受けた。一日の立ち仕事と力仕事の後はさすがに効く。プラス60分の滞在時間もあっという間に過ぎた。

帰り道、猫がガリガリ爪を研いでいた。

9,064歩だったが、カウントされていない立ち仕事分が結構ありそう。

40歳

本当ならこの土日はストリートピアノを手伝うはずだったのが、台風接近とのことで、土曜日の開催は早々に中止が決まった。

ぽかっと予定が空いてしまったので、所在なく近所を歩いてから、ヒガムコでモーニング。マスター相手に問われるままに自分語りをしてしまう。

台風は当初の予報よりそれて、日曜のストリートピアノは開催できそうだが、天候によっては両国門天ホールの室内での開催になる可能性もある。室内だと撮影するのにフラッシュがないと暗い。外付けフラッシュがあったらいいなと思っていたのを忘れていた。

今使っているカメラは標準で外付けフラッシュが付属している機種なのだけど、中古で買ったせいか付いていなかった。 秋葉原のソフマップに、その標準付属品のフラッシュが中古で出ているというので、雨の中買いに出かけた。

買い物を済ませて錦糸町へ。パルコのフードコートに行ったら、毎月10日は魚(とと)の日、しかも10月10日はまぐろの日、という根拠不明の情報に踊らされて、「まぐろ味比べ定食」なるものを食べてしまった。

3階の古本市を覗いた。惹かれるものもあったが、手に取って値札を見るとそれなりに高い。代わりに安い本を何冊か買った。

楽天地スパへ。競馬中継を見るでもなく見ながら、ひたすら昼寝。サウナや風呂に入ったり出たり。

コロナ禍以降、家では毎晩のように飲んでいるオールフリーだが、ジョッキに注いで飲むと、よそ行きの格好で出てきたような感じがする。

23時のロウリュを担当した熱波師が、今年還暦と二十歳の、年の差40歳コンビだった。サウナ室のテレビは今週のエディ・ヴァン・ヘイレンの訃報を告げている。60歳が20歳に向かって、ロックの神様だよ、知らないだろ、と声をかけると、20歳のほうは案の定知らない様子だったのも微笑ましかった。

サウナにもハロウィンはやって来ます。6,149歩。

80歳

朝、ゴミを出した後は終日巣ごもり。

食事は毎食家にあるもので適当に。冷蔵庫の中がだんだん空いてくるのは有難いけど、奥のほうからもう食べられなくなった野菜等も次々発見される。冷蔵庫の構造的に、古いものが滞留しやすいのが問題だと思う。というか、小さい冷蔵庫に物を詰め込みすぎということは理解している。毎週野菜が届くからどうしようもない。

巣ごもり中はコーヒーを何杯も飲む。いよいよ肌寒くなってきて本格的にコーヒーの季節になった。家で飲むコーヒーは、正直あまり美味しくない。ただ惰性で飲んでいるという感じ。コーヒーメーカーじゃなくて、ポットを使って淹れれば、また違うのかなと思うけど、面倒で。

ラジオで言っていたけど、今日2020年10月9日は、ジョン・レノンの80歳の誕生日なのだそうだ。もちろん、生きていれば、ということになるけれど。ジョン・レノンといえば、亡くなった日付の12月8日はよく知られているけれど、誕生日のほうは知らなかった。12月8日は、これは日本の特殊事情かも知れないけど、真珠湾攻撃の日でもあるから、余計に印象深い日付になっているのだろう。

所用が終わっても家から出ずに、215歩。ここしばらくで最少記録ではないかと思う。実際は家の階段を上がったり降りたりして、記録されてない歩数があると思うけど。

百年目

午後から雨になるようでもあるし、まずまず早く起きられたので、朝の散歩に。

キンモクセイの季節になった。花の姿より、特徴的な香りで存在を感じさせる。この香りを子供の頃にかいだ記憶がないのは、もっぱら栽培される植物だからだろうか。江戸時代に移入されて、雄株しかないというのは初めて知った。

icouの裏の柿も色づいてきた。去年は新聞家の「フードコート」の上演期間中で、皆で柿を採ったのを思い出す。

ヒガンバナの盛りは短いものだと思う。この前花を見かけるようになったばかりだと思うのに。一方で、いつ見ても咲いているような花もある。花の盛りは、短いものもあれば長いものもある。

楽天地の関連会社で、産廃の収集もしてるんだね。「楽天地」の三文字を見るだけで、心身がととのう気がする。

この後は巣ごもり。お昼に近所のスーパーに買い物に行ったり、台所の蛍光灯が切れて慌てて買いに行ったりした以外は、在宅の一日。そのうち雨も降り出した。

結局延長されたらしいけど、10月7日は国勢調査の提出の締め切りだった。実はうちには調査票が届いてなくて、コールセンターに電話したら区役所から郵便で送ってきたので、寝る前に横になってスマホで回答した。

まあしかし、絶対他にも調査票が届いてない人は多いよね。わざわざ電話して取り寄せる人もどれくらいいるか。

私はもちろん今の住所で住民登録をしているし、マイナンバーカードだって作っている。国勢調査と趣旨が違うのは承知だが、データに横串が刺さっていれば、少なくとも調査票の配布漏れというのはなくなるのではないか。

ちなみに今年は国勢調査の制度が始まって百年目になるのだとか。

今日は朝歩いた分だけで、6,535歩。

真室川

尾っぽの長い鳥が電柱と植木の間を行ったり来たりしている。こんな時、さっと名前が出るといいんだけど。おそらく鳥の名前を言葉としては知っているのだろうが、実際の鳥と結び付かない。それは知っているということなのだろうか。

朝は駅そば。旨い不味いもない、ということはまずまず旨い。昔は明らかに不味い駅そばも少なくなかった。

昼はパスタ。二食続けて麺類になってしまったがやむを得ない。アラビアータの具は里芋の茎、いもがらというやつ。山形産らしい。勧められて最初は気乗りしなかったが、食べてみると、鄙びた味わいでなかなかいい。里芋の茎は私の田舎では、ずいきの酢の物として食べることが多かった。アラビアータのトマトの赤が、酢の物の色の赤と結び付かないこともない。

メニューには山形としか書いてなかったけど、こんなパネルが店内に置いてあるということは、山形でも真室川の産なのかも知れない。今度厨房の手が空いている時に聞いてみよう。

真室川には特に縁はないけれど、真室川と聞くと、上方の桂吉弥さんが、民謡の真室川音頭を出囃子にしているのを思い出す。吉弥さん自身も真室川とは縁はなかったのが、この民謡を気に入って、出囃子に使っているうちに、ご当地とのご縁ができたというから、面白いものだと思う。

確か吉弥さんは「まむろがわ大使」に任命されていたと思って検索してみると、へえ、柳家小袁治さんも大使なんだ。こちらはおかみさんのご実家が真室川らしいが、町関係者に余程落語好きがいたのだろうか。

山形といえば今年は山形ビエンナーレの年で、前回、前々回と訪れる機会があったのだが、今年はオンライン開催になって、気軽に山形に行ける状況でもなくなってしまった。

夜は錦糸町で所用の後、オリナスのスタバで休憩。二杯目が割引になるクーポンを使ったのは初めて、いや二回目かな。

1時間だけ楽天地スパに。サウナ室のテレビで駅のホームでいか飯を食べるドラマをやっていた。清算時にポイントの使用を勧められたけど、特に期限があるようでもないし、何だったんだろう。10周年のクイズに応募して退館。 6,488歩。

マスク効果

朝4時過ぎに目を覚ました。少々早いが、思い切ってサウナに。さすがに客は私のほかには、もうひとりいるかという程度。深夜から早朝の人気のないサウナはいい。

そのうち空の色が変わり始めた。ジェットバスに入りながら、窓越しに見る朝の空が美しい。こんなに美しかったかと思う。スカイスパというのはこういうことだったかと勝手に名前の由来を考えてみる。

そうか、サウナ室の窓から外を見ると、景色が開けているから、どうしても空と海や建物とが接するあたりに目が行ってしまうが、ジェットバスの位置では窓から見えるのは空ばかりである。それで空の美しさが目に残るのだろう。これもある種のマスク効果なのだろうか。

サウナ室と水風呂を出たり入ったりして、椅子でうとうとしているうちに、気がつくと7時が近い。慌てて退館。

サウナ施設を出る時に毎度思うのだが、これで十分サウナに入った、しばらくサウナはもうたくさん、という気分になることがない。必ず、もう少し入っていたかった、という思いが残る。一度、これでもかというまでサウナに入っていたいものだ。

横浜駅から京急で高砂行きに。これなら京成曳舟まで乗り換えなしで行ける。電車は思いの外混んでいて、コロナ禍以前の混みようはこんなものじゃなかったんだろうなと思う。品川で座れた。

この後は巣ごもり日。 諸々終えてから散歩に。

桜橋を渡り、一葉桜・小松橋通りに入った。まだ18時台だがすっかり暗い。それでも街は夜の散歩の時とは少し違う面を見せる。金美館通りを歩いて、鶯谷のサウナセンターあたりで引き返した。もう1時間早く歩き出せれば、このあたりで寄ってみたい喫茶店もあるのだが。

行きつけの銭湯は、先週はロッカーの改装で休業していたので、一週間ぶり。少々早い時間からたっぷり入って、倶利伽羅紋紋も堪能した。変わり湯はしょうが風呂。

そしてこちらも久し振りに、通りから少し入ったバーに寄って休憩。氷の入らない生ハイボールというのがちょいといい。今度は一杯目からこれにしようと思う。 ほろ酔いで帰宅。15,152歩。

バリ封

NISSAN PAVILIONから歩いて新高島駅へ。駅構内にあるBankART Stationには初めて来た。

川俣正さんがこれまで手掛けたプロジェクトの記録が展示されている。おそらくこれらのプロジェクトの背景には現代の社会や都市に対する深淵な考察があるのだろうが、私などは単純に「秘密基地」みたいだなあと思いながら見ていた。

ご多分に漏れず、私も小学生の頃、校庭にある大きな木の根っこの窪みに板切れ等を持ち込んで拡張して、秘密基地を作って悦に入っていた。あと、これは雪国に限るけど、かまくらというのも一種の秘密基地ではないかと思う。なんだろう、自分の家の他に居場所が欲しかったんだろうか。

同時に、都市の中に材木が積みあがった写真を見ながら、先の大震災から程無く、小名浜や気仙沼を訪れて目にした、瓦礫の山を思い出さないでもなかった。今回の一連の展示は『都市への挿入』と題されているけれど、人為でなく自然の圧倒的な力で挿入される場合もある。

新高島駅からみなとみらい線で、馬車道駅へ。

馬車道駅の構内に積み上げられた工事用の足場。

駅の構内には、川俣展とは別の企画で、動物をモチーフにした作品が点在していた。

これは開発好明さんの作品。

ピアノの音にひかれて近づくと、ストリートピアノをやっていた。

構内には傘が点在している一角もあった。最初、この傘も作品なのかなと思ってしまったが、そんなわけはなく、傘の陰にはホームレスの人が居着いているのだった。まあでも、いっそこれも作品ということにしてはどうか。クリストの傘というのもあったでしょう。

駅の外に出た。

こうして後から写真を見ると、古い銀行の建物がバリケードで封鎖されたようでもある。かつての学生運動で東大や京大の校舎が封鎖された様子を想起しないでもない。むろんここには学生も機動隊の姿もない。このバリ封は何から何を守ろうとしているのだろう。

半年ぶり

横浜へ。京成曳舟から乗り換えなしで行ける電車に乗った。東京と神奈川の県境を越えるのも半年ぶり。

縮こまった身体を徐々に伸ばしていくように、コロナ禍で一気に狭くなった行動範囲を、自分の家の周りから始まって、一歩一歩確めるように、時間をかけて、慎重に拡げている。ある意味では、今ほど交通機関のなかった頃の人の視点を追体験しているようでもある。その過程で、今まで見落としていた風景がずいぶん目に入るようになった。

とはいえ、電車に乗ってしまえば程なく横浜である。この時間感覚は、おそらく戦前あたりに電車が走るようになってから、そう変わらないのだろうと思う。

能書きはさて措き、まずは腹ごしらえ。せっかくなので横浜らしいものということで、サンマーメン。地下街の小さな中華料理屋で。

そごうとスカイビルの間を抜けて、みなとみらい地区に至る人道橋(はまみらいウォークというらしい)を渡った。橋の上からスカイビルを見上げて、あのあたりがスカイスパかなと思う。

橋を渡ると日産グローバル本社ビル。ギャラリーを見下ろしながらビルの中を通り抜ける格好になる。

ギャラリーと言っても日産車のギャラリーだが、美術作品もある。日産アートアワードの過去の受賞作が展示されている。

毛利悠子さんはこんなデュシャンピアンだったのかと思う。レディメイドの車輪が組み込まれた作品は、大ガラスのようであり、モレモレの落ちる水は「遺作」を思わせるようでもある。

田村友一郎さんという人の作品は、この場所に置かれると自動車のエンジンがむき出しになっているようである。

さらにグローバル本社から少し歩いで、NISSAN PAVILIONに向かう。

フェアレディZプロトタイプは今日までの展示。

ちなみにこのエントリーのトップの写真は、リツイートして貰ったオリジナルマシュマロ。

ホールで映像を見たりしているうちに、結構時間を過ごしてしまった。