2011年9月9日のこころのまとめ

  • 紙コップ式の自販機でコーヒーを36杯買って子供の頃通っていた塾に持っていこうと思う。コーヒーが次々出てくる様を見ていて、36人分も本当に要るのだったか怪しくなるが、動きだした自販機は止められない。紙コップが切れて、フルーツ牛乳の容器やら味の素の瓶やらに入ってコーヒーが出てくる。 #
  • 夢に見たことを書くときにそれを夢とことわらなければ、現実に起こったことと思われるだろうか。その逆はどうだろうか。言葉を介して夢と現実が往還運動をはじめる。しかし果てない房事がないように、夢と現実を混同させようとする企てはいずれ終わる時が来るだろう。 #

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2011年9月8日のこころのまとめ

  • http://t.co/RXK9aiE #
  • ひるがの高原なう。って、立ち寄っただけですが。 http://t.co/kMK290A #
  • 「餃子」だけでも、また「ビール」だけでもそれぞれ魅惑的な言葉だと思いますが、「餃子&ビール」と二つ合わさったときの誘引力はただものではないですな。 http://t.co/MdjtAw2 #
  • イラン人の青年と喋ってたら、ぼくのことを34、5歳くらいと思ってたって。イランはいい国だな! #

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2011年9月6日のこころのまとめ

  • 暗闇でパンチを繰り出しているような手応えのなさに腰が抜けそうになる。いっそ思いきりノックアウトされたほうがすっきりするのだが。こうなったらとことん深みにはまるまでか。 #
  • 外に出ようとすると大粒の雨だなー。しゃーない。 #
  • 自転車で錦糸町方面に向かうと物凄い雨でこれ以上進むのに危険を感じる。やむを得ず雨宿りがてら通りがかりのラーメン屋に入ると客の全員がお酒を飲んでいて避けがたい誘惑を感じる。 #

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2011年9月5日のこころのまとめ

  • 「わたしたちの夏」。監督の「最も身近なところ」で撮るという態度は至極まっとうなものだと思うなあ。だから戦争や原爆を語っても浮いてこないんだ。こういう戦争の語り方があるんだと思った。決して過去のものでも遠国のものでもなく、生活の中に、肌で触れるようにわたしたちの戦争があるんだ。 #
  • 主人公のひとりは私と同世代の女性で、共感とともに手の届かない思いもある。ぼくは何もできなかった。だけど、主人公は口ではそう言うかもしれないけど、内実ともに大人になっている。いや、もともと大人だったんだ。もうひとりの主人公の20歳程の女性が見違えていく様を見て、そう思う。 #
  • 2年程前か、いわゆるアートプロジェクトに関連して「なぜアートなのか」ということを考える機会があったのだけど、それは「私にとって」なぜアートなのか、ということ以外ではなかった。さらに掘り下げていくと「詩」のようなものに直面せざるを得なくなり、気がつくと周りには誰もいなくなっていた。 #
  • しかしまあ、おれはマジメだな。 #

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2011年9月4日のこころのまとめ

  • 揺れてるな揺れてるな、と、どこかで感じながら寝ていた。そうかやはり夢じゃなかったんだな。しらふなら起き出したことだろうが、昨夜少々お酒を飲んでしまったもので。しかしあの程度のお酒で起きられないとは、もし泥酔していたら、ずいぶんな地震でも寝たままだぜ。 #
  • 私は本棚の隣にベッドを置いて寝ている。写真のようにむやみに棚に突っ込んであるので、3月11日の時はどうなっていることかと思ったが、帰宅したら案外そのままだったので拍子抜けした。しかし揺れ方によってはそうもいかないだろう。 http://t.co/sbm9Ijt #
  • 毎日に出てたね。小倉船はどこの会場でもやってるんだ。> 落語:旅ネタ「小倉船」で師匠に“恩返し” 桂小枝が初の全国ツアー – 毎日jp(毎日新聞) http://t.co/T1eky0k via @mainichijpnews #
  • そういえば今日、目黒のさんま祭りはパス。お近くの方はどうぞ。 #
  • 電車は雨雲を追い抜いたようだ。 #
  • 敷布団のシーツの裾に空いた穴から納豆が出てくる夢。なんでこんなところから納豆が、と思いつつ、このくらいなら食べてしまえと思い、かき混ぜてタレをかけて食べると、穴からどんどん納豆が出てきて止まらない。布団をまくると裏に納豆の塊があるのに気づく。それが見るまに二倍三倍になる。 #
  • 納豆はもう食べられる分量ではなく、いつから布団の裏にあったのか、白く変色しているものもある。片づけようとさらに布団をまくると、穴から漏れた納豆が布団の上に畳んであった洋服に付いてしまう。仕方なく母の手を借りて(ということは実家なのだろう)、部屋の中の椅子や家具を廊下に出していく。 #

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2011年9月3日のこころのまとめ

  • 噺家はなぜ踊るのかと考えていると、やはり日本の伝統演劇の中の舞踊に思いが至る。とはいえこの世界はまったく不勉強というほかないのだが。にわかに文楽が見たくて仕方がない。近場でどんな公演があるのかなと調べると、9月の公演が始まっていて、おそらくいい席は売れてしまっているだろう。 #
  • 伝統演劇の入門書を読んでいて、舞踊によって能では主人公が変身する、歌舞伎では世界が変身すると。落語においてマクラからネタに入って世界が変わったり、一人の噺家が複数の登場人物を演じ分けたりするのは、日本の伝統演劇の文法に則れば、舞踊がそのバックグラウンドで働いているんだ、きっと。 #
  • しかしいとうせいこうさんが文楽推しだったとはなあ。やっぱりこの人はすごい。いつでもぼくらが面白がることを一歩先に見つけて面白がっている。 http://t.co/alarWdF #
  • http://t.co/AWMcjfd #
  • この台風の中、ぐしょ濡れになりながら、なんで桂小枝師の落語を聞きに来なあかんのよ。 http://t.co/B0UZ6LI #
  • 仲入り後、ゲストのルー大柴との対談(微妙に盛り上がらない。小枝さんがルーにそこまで気を使うのがわからない)の後、「小倉船」。はめものや振りがたっぷり入った上方らしい噺。小枝さんはいつものハイトーンのノリを封印して、それが幾分の照らいとともに古典への本気度を感じさせる。 #
  • 巨乳料理研究家って巨乳の料理研究家なのね。巨乳料理という料理があるわけじゃないのね。 RT @tospo_mobile: 【東スポ】巨乳料理研究家・森崎友紀がコスプレ好き告白「変態ですね」 #
  • 映画「わたしたちの夏」を見た。 http://t.co/zZiliBM #
  • しかしなぜ私がこうまで人に嫌われるのかわからん。親切でボランタリーなひと、どうか教えてくれい。 #
  • 逆かもしれんな、皆がそんなに楽しそうにやってることがどうにも嘘っぽくて仕方がない。ていうか嘘だろ! #

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2011年9月2日のこころのまとめ

  • いち観客からすれば、落語会にも行きたいけど、同じくらいに、落語について自由に語り合える場がほしいものです。 RT @kanamyk: 落語も聴きたいけど、同じくらいに、観客が落語について自由に語り合っている言葉を聞きたい。 #

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2011年9月1日のこころのまとめ

  • 昨晩から時折よぎる考え。世にあまたある「縁結び」の神仏の縁起は、なべて現世での結縁を願うものなのだろうか。むしろ現世で結ばれえない男女が、せめて来世での結縁を希う、ある種の鎮魂の意を帯びているということはないだろうか。「ムカサリ絵馬」や男女対のこけしを見て、そんなことを思う。 #

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2011年8月31日のこころのまとめ

  • 吉増剛造さんの朗読を聞いたのは実は8月8日の裏声ヴァージョンの上映の時が最初で、全然もったいぶることなく、まるで上着をさっと一枚羽織る感じでまったく違う動物になった様子に、ぼくは圧倒的に打たれてしまった。別の世界への入口は、いますぐそこにも開かれているんだと思った。 #
  • でも、確かに落語っていうのもそうなんだよな…。マクラからネタに入って、まるで川が不意に流れを変えるみたいに、あるいは、町を歩いていて路地に入ったら初めて見るような家並が広がっていたときみたいに、違う世界に連れられる感覚。吉増さんが落語好きだということから、そんなことを思った。 #
  • http://t.co/VvuBBQt #
  • 「閑さや岩にしみ入る…」の立石寺には「ムカサリ絵馬」があるのか!蝉の声のしない、生き物の気配のない岩の上は、冥界だったんだな、道理で! #
  • 8月も終わろうとしているのに、「予告する光」の旅はまだ続いているとはね。こんな深川高橋辺まで。吉増さんが導いた芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」、蝉の声したたる生命の層を抜けて、山寺に登れば、「閑さや」物の音聞こえぬ岩の上は、死せる新郎新婦の集う、冥界の婚儀の場だったとは! #
  • そもそもが地上では結ばれなかった二人を結ぶ場だもの、どんなストーリーも可能にするよ。津波に呑まれた東北の姉と焼身自殺したチュニジアの青年は、普通ならつながらない。破綻しそうなストーリーをまったく自然に聞かせたのは、ひとえに場の力、岩の上の山寺があの空間に降りてきていたのでは…。 #
  • しかし「ムカサリ絵馬」…。吉増さんの「山寺フィルム」の末尾で、旅館のテレビから宇宙飛行士の訓練のニュース、台風情報、そしてそこに「ラヴ・ミー・テンダー」が重なったときのクラクラする感覚…。この時も山寺が降りていたのだろうか? 地上で結ばれないものを結ぶ特異点のような場が地上に…。 #

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