
こう言うとギャラリストからよくは思われないのだろうけど、ぼくは、画廊を冷やかしに覗くことはあっても、作品を買おうと思って足を運ぶことは、まあ、ない。
以前、あるギャラリーを覗いた時、ぼくの関心のあるテーマの展示だったから、丹念に作品を見て、スタッフの方にあれこれ質問もしていたら、そのうちに話の流れが、なんとかして展示作品を売らんかなという方向になってきて、適当なところで退散したことがある。
しかし、当たり前のことだ。商業施設なのだから。
ひらきつうしん

こう言うとギャラリストからよくは思われないのだろうけど、ぼくは、画廊を冷やかしに覗くことはあっても、作品を買おうと思って足を運ぶことは、まあ、ない。
以前、あるギャラリーを覗いた時、ぼくの関心のあるテーマの展示だったから、丹念に作品を見て、スタッフの方にあれこれ質問もしていたら、そのうちに話の流れが、なんとかして展示作品を売らんかなという方向になってきて、適当なところで退散したことがある。
しかし、当たり前のことだ。商業施設なのだから。

大きなキャンバスいっぱいに描かれた寿司桶に、まず息を呑んだ。
寿司桶の中には、海老、イクラ、白身。ひとつが人の頭ほどもありそうな江戸前の握りが並ぶ。
画家は、セザンヌやマチスの絵が好きなのだと言う。
そんな泰西名画のタッチで、お寿司。
どこか、可笑しい。そして、画家もその可笑しさを意識しているのだろう、キャンバスの隣に、鮪の握りがひとつ。宙に浮かぶように、白い壁に写真を貼り付けている。
しかし、どうしてこの絵が可笑しいのだろうか。
併せて掲げられている、リンゴの静物画は、別段可笑しくない。