- in piecesをもう一度観るためだけに神戸に行ってもいいかもとちらっと考えている朝 #
- 14の夕べ。白いスーツに身を包んだ一柳慧氏がピアノのはらわたに手を入れてかき回している。私は楽理的なことは解らないが、野蛮さと繊細さはこのように同居できるのかと氏の所作を見ながら感じ入っていた。その姿は外科医師あるいはピアノの古層に隠された音を発掘する考古学者のようにも見えた。 #
- 一柳慧氏。「ミュージック・フォー・リビング・スペース」を聴きながら、私は、先日見た具体展での「具体美術まつり」の映像を思い出していた。無音だった映像にこの音を合わせてみては…と。しかしその時脳裏に浮かんだのは、むしろ過ぎ去った時を愛おしく見送るような情景だった。 #
- この曲が1969年に書かれていたということに、ふと思ったのは、およそ情報化社会やメタボリズム建築といった万博的なものは、万博が始まる前にすでに終わっていたのではないか、万博はその時代の終わりを画す壮大な葬送だったのではないか…と。「具体美術まつり」が具体の最後の炎だったように。 #
- 心なしか暑さがマイルドになってる気がするな。今日は落語の日。間に合うかな。 #
- 初ラクゴリラにしてファイナル? (@ お江戸日本橋亭) [pic]: http://t.co/uojP8Ro0 #
- ラクゴリラファイナル。同期入門にして一門を異にする4人ですが、南天さん以外私は初めて。上方落語を聞くのは、どうしても米朝一門の噺家さんが多くなってしまって。でも今日の4人の口演の端々から、それぞれの一門の色、師匠連の息づかいを感じるようで嬉しくなった。上方落語の豊かさかな。 #
- 飛行船が浮かんでいる。今、隣を鯉昇さんが歩いていった(多分) (@ 東京芸術劇場 (Tokyo Metropolitan Art Space) w/ 9 others) [pic]: http://t.co/RnPYxVVi #
- 例えば生喬さん。枕では見かけによらず?文化系男子的な経歴を開陳しながら、噺に入ると時に凄みを感じさせる口演ぶりに、師匠の松喬さん、さらに大師匠の六代目松鶴師の姿がちらつくような瞬間があった。でも、噺自体は正直乗れなかった(「堀川」)。初めて聞いたせいか、面白さが伝わらなくて…。 #
- 東京福袋<演芸>袋
(東京芸術劇場シアターウエスト)
小曲「道灌」
鯉昇「ちりとてちん」
小遊三「厩火事」
東 京太・ゆめ子
小柳枝「井戸の茶碗」
http://t.co/MamczKkt # - 通りがかりの末廣亭に小柳枝さん主任の名前を見て、思わず飛び込んだ7月下席。でも時間が押していたせいか、駆け足気味だった「唐茄子屋政談」。片付かない気持ちでいた時、東京福袋に小柳枝さんの名前が。今日の「井戸の茶碗」は堪能!四季折々の売り声から始まって、池袋に江戸の風が吹いたね! #
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