寝坊。一度6時過ぎに目が覚めて、時間だけ確認して二度寝。再び目が覚めたら9時過ぎ。溜まった空き缶を出せず。7時には目覚ましが鳴ったはずなのに、余程熟睡していたのだろうか。平日でなくてよかったと思うほかない。

新聞を取りに出たら郵便受けに黄色いキャプションが入っていた。早速貼り付けて傘を差しつつ撮影。

冷蔵庫の残り果物を朝飯代わりにして、ぼけっとしていたらいい時間。錦糸町経由、両国行き。

両国駅構内に千代の富士の優勝額が。最近設置されたらしいね。

回向院の仁王さんに睨まれながら、両国門天ホールに。今日は午後からのイベントのお手伝い。

「分身ロボット」OriHimeというのは知らなかったが、インターネットを介してスマホ等を使って操作できるロボットらしい。今日はこのOriHimeが3台門天ホールに持ち込まれた。鈴やマラカス等の楽器を手に持たせた(というか貼りつけた)OriHimeを、ホール内外の参加者数組が遠隔操作しながら、門天ホールのスタインウェイ・ピアノと合奏しようという趣向。

本番では、なかなか接続が上手くいかないこともあったが、試行錯誤、四苦八苦しつつも、なんとか合奏らしき状態に至ったのには、これは何かの第一歩なのではないかと思われた。

OriHimeの会社の人のプレゼンを見ると、この小さなロボットは福祉や教育の分野での利用を考えているらしい。例えば、肢体が不自由で外に出られない人が社会参加したり、不登校児が授業を受けたりといった具合。実際、ファーストフード店のカウンターにOriHimeを置いて、在宅しながら接客をする事例があるという。

まあ、私などはひねくれているので、社会参加というけど、このインターネット社会で困難になったのは、却って社会から外れることではないかと思ってしまう。不登校児にしても、このコロナ禍で、一時にせよ、いわばクラス全員が不登校児になったわけで、そうなると、無人の教室にOriHimeが何十台も並ぶことになるのか。いや、みんな揃って教室で授業を受けるというあり方自体が問い直されるべきでしょう。せっかくの新しい技術が、既存の価値観を補強するだけではつまらない。もっとも、このあたりは技術者の領分ではないのかも知れないが。

恐らく、新しい技術の産物のご多分に漏れず、このOriHimeも、開発者の想定外の用途に使われることで、可能性が広がるのだろうと思う。その点では、今回の門天ホールでの合奏なども、その一端と言えなくもない。

今度の10月10日・11日の「ストリートピアノすみだ川2020」でも、このOriHimeを使うらしいから、ここだけの話、そんな逸脱を楽しみにしている次第。

しかし、参加者が自宅からロボットを遠隔操作して、またその自宅の様子をZoomで同時中継するなど、大層な時代になったものだ。思い出すのは、私が高校三年生の時だが、当時の富山県立近代美術館で「映像の今日」と題されたメディア・アートの展覧会があって、その関連企画で、確か総曲輪通りと美術館とを繋いで、リアルタイムで映像を同期させるパフォーマンスをしていた。私は、美術館の中でその状況を胸を躍らせて見ていた。むろん、インターネット以前の時代である。今日の門天の様子を、高校生の私に見せたいものだ。

イベントが終わって、少々片付けも手伝って外に出たら、雨が上がっていたので、両国から歩いて帰ることにした。

せっかくなので、門天ホールで託されたストリートピアノのチラシを配りつつ、直やさんの「キセカエ」(実は初めて伺った)、そしてikkAさんと甘夏書店さんに寄り道して帰宅。ちなみに本稿のトップ写真は、甘夏書店さんのガチャガチャで買った、河童の土人形。

今日はこのまま在宅して早寝。10,220歩。

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