いつまで経っても小沢さんの映画の話が終わらなくて、自分でも困ってるんですが、まあ、もうしばらくお付き合いください。
小沢さん扮する生命保険の営業マンは、もし一滴でもお酒を飲んだら今度こそクビだと、部長からきつく釘をさされているのに、新しい赴任先は酒飲みばかりの町。ちょっとでも油断すると、いつ何時お酒を飲まされるか分かったもんじゃない。おかげでこの町で小沢さんは、四六時中、ビクビク、オドオド。駅前旅館での扱いも心なしか雑。
一方、長門裕之扮する殺し屋は、酒を飲まない男なんて男じゃない、そんなふうな考えの人なんですな。酔いつぶれて医者の世話になるような男など、男の風上にも置けないと思っている。駅前旅館では何本もお銚子を空けて、あっという間に給仕の女の子といい仲になっちゃう。
だから、一滴もお酒を飲めない隣室の小沢さんを横目でチラリと見て、ひそかにケーベツしてるわけです。
いや、本当は飲めないのじゃなくて、飲まないの。
ひょんなことから殺し屋と間違えられた小沢さん、ひともんちゃくあった挙句、結局は満天下に正体も知れて、再びこの町で保険の営業を始めた、のだけど、長門裕之の殺し屋に脅されて、あるたくらみ事にイヤイヤながら引き込まれる。
町はずれのあばら家で、殺し屋に酒を勧められた小沢さん、最初は強硬に断っていたんだけど、目の前にピストルを突きつけられたら、そうはいきません。ええい、ままよ、とばかりに茶碗酒を飲み干す。さあ、これで許してくれるかと思うと、一膳飯はダメだとか何とかケチをつけられて、もう一杯、またもう一杯。
最初はクビになってしまうとビクビクしていた小沢さんですが、杯を重ねるにつれて、だんだん態度が大きくなってきて、ついに本領発揮。いつの間にか殺し屋とキャラが逆転してしまう。もういいでしょうと言う殺し屋に、俺が買ってきた酒だ、俺が飲んで何が悪い、さあ注げ!とスゴイ剣幕で怒鳴り出す。
ここでようやく気づいた。これって、落語の「らくだ」じゃないか!
落語でいう、らくだの兄貴分に当たるのが長門裕之演じる殺し屋で、通りかかりの屑屋に当たるのが、小沢さん演じる保険屋。
では、落語の中の「らくだ」に当たるのが誰かというと、これが由利徹。
何よりも、映画の中での役名も、ズバリ「ラクダの馬五郎」。町じゅうの人間から、ラクダ、ラクダ、と呼ばれている。
ラクダが唐突にふぐを食べて死んじゃうという展開も無理矢理なんですが、今思えば、これも落語の筋のとおり。もちろん、カンカンノウも踊りますよ。このシーンがこの映画の見ものだ。
そうか、そもそも「猫が変じて虎になる」というタイトル自体、お酒を飲んだ小沢さんの豹変のことを言ってるんだ。このタイトルで、ラクダっていう役名の人間が出てきた時点で、この映画が、落語「らくだ」を下敷きにしていることに、思い至ってもよかったはずだ。
われながら、もっと早く気づいてろよ、てなもんですな。まあ、ぼくも「らくだ」は1、2回ほどしか聞いたことがなかったからなあ。
小沢さんの出演した映画では、「幕末太陽傳」も落語を下敷きにしていると聞いたことがある。当時はそういう映画、結構あったのだろうか。「幕末太陽傳」、近所のレンタル屋にあるかな。今度探してみよう。
ところで、前に紹介した「大当り百発百中」でも、この「猫が変じて虎になる」でも、小沢さんは大酒飲んでベロベロになる役。
でも、当の小沢さん本人は、若いときからお酒は一滴もダメ、体が受け付けない人だっていうんでしょう?
まあ、お酒が飲めないからこそ冷静に酔態が演じられるということなのかも知れないけど、そういうことを知らないで、この映画を見たら、みんな、本物の小沢さんも大酒飲みだと思い込んでしまうんじゃないかなあ。
実際、ぼくの知っている人でそう思ってた人もいました。
川島雄三監督特集上映
http://www.nikkatsu.com/dig/kawashima/news.htm
しまった、ついこないだ「幕末太陽傳」上映してたのか!
しかも小沢昭一のトーク付き。