門仲天井ホールで、トレヴァー・ウィシャートと足立智美のパフォーマンスを見た。
トレヴァー・ウィシャートという人は、まったく知らない。
とりあえずの目当ては、オープニング・アクトの足立智美氏。
先週木曜日のAAF学校で足立氏の話を聞いて、これまで何回か聴講しているうちで、この回が一番面白かったんじゃないかと思う。それで、この公演に出かける気になった。
会場の門仲天井ホールというのも実は初めてで、いや、これまでもいろいろと食指が動くイベントもあったのだけど、どういうわけか足を運んでなかったのだね。
開演は7時半。初めての場所で少々不安だったけど、まあまあ間に合う。
しばし待って開演。
足立氏は赤いTシャツ姿。観客席の間から正面に出ようとしてコケそうになっている。
公演の構成、終演時刻等説明して、おもむろに自作とおぼしき器具を手に取る。
100円ショップで売ってそうな半透明のタッパーを加工したものからコードが延びて、先っぽに丸い発信機のようなものが付いている。タッパーには何か調整するツマミがいくつか。
足立氏はコードの根元を持って先端の発信機をぶんぶん振り回したり、タッパーのツマミをいじりながら歩き回って音を出す。
席につく足立氏。机の上には金属製のアンテナのようなものが。そんなに大きくない。30cm程か。金属の枝に触ったり、爪弾いたり、棒で叩いたりして即興的に演奏。
このパフォーマンスは、まあ、だいたい見当のつく音だった。
続いて、ピンク色の毛布のような、何か不穏な物体を取り出す足立氏。
そしてヘッドセットのマイクを口にくわえ、声ともつかない音を発しはじめる。
そして、口から音を発しながら、そのピンク色の物体を広げ出す。
これはシャツだったか! シャツにはいくつものセンサー、そしてコンピュータに接続するためのコネクタ。
そうか、これがAAF学校の時に映像で見た、例のパフォーマンスか!
口からは音を発しつづけながら、シャツに袖を通し、ボタンをとめて、コネクタをつなぐ。両手のひらにも何か黒いセンサーか発信機のようなもの。
シャツを取り出して身に付けるところからパフォーマンスなのか!
これは、まったく想定していなかった。
そして口から発する声、あるいは音。これは、なにかテクストがあるのだろうか? ひょっとして、これも戦前の日本の音響詩? だとすると、これはひとつの詩の朗読ということか!
足立氏が体を動かし、身をよじり、手を振るたびに、足立氏の声が、コンピュータを経由して、変容し、よじれ、行ったり来たりする。
いやあ。これは。
そのうちに足立氏は、着ているシャツのボタンを外し、脱いで、丁寧にたたみはじめる。
シャツを脱いで片付けるところまでもパフォーマンスなのか!
再度感嘆。やっぱり生で見るものだと思う。
ここで休憩。
続いてトレヴァー・ウィシャート氏の登場。
AAF学校のときにもらったチラシの写真を見て、どことなくマッドサイエンティスト然とした風貌に、どんな人が現れるのだろうと思っていたのだが、いざマイクの前に坐ったウィシャート氏は、リラックスした様子で、にこやかな表情を浮かべつつ、ごくふつうの西欧人のオジサンという雰囲気に、ちょっと拍子抜けしてしまった(写真と比べて、髪も短く切っていたようだ)。
しかしそのパフォーマンスは、いやまた、これが大した芸なのである。
どう言えばいいだろう。口がひとつの発信機とすれば、思いっきり唇をひんまげ、顔をよじり、胸を叩き、腹をかきむしり、とにかく自分の体ひとつを目いっぱいに使って、口から発信する音をさまざまに変調させていくのだ。
ときには笑い声のようであり、ときには怒声のようであり、すするようであり、吐き出すようであり、噴き出すようであり、その他もろもろ。
そしてまた、その身振り、手振りが、どこかユーモラスで、自然に笑いを誘う。
例えば・・・さっきの足立氏のパフォーマンスを、身体性とメカニカルな要素とのバランスのうえで語ることができるのなら、このパフォーマンスは、ずっと身体性の純度が高いとでもいおうか。しかし、それでいて同じ方向を向いているような気がする。