第30回SGRAフォーラム「教育における『負け組み』をどう考えるか~日本、中国、シンガポール~」を聞いてきた。会場はいつもの東京国際フォーラムのガラス棟。
話を聞いて印象に残ったことと感想を覚え書きしておく。
最初の講師、東京大学准教授の佐藤香さん。
前近代の人たちは士農工商というような身分制度の枠内で生きていたから、その枠を超えるという観念そのものがなかったわけだ。一方、近代の教育システムは「社会のあらゆる階層から能力のある人を選抜し、社会に貢献できる人材に育成する」。
この「社会に貢献できる人材」というのが若干クセモノだろう。この社会という言葉を国家と言い換えてもいいだろうし、近代の国民国家の成立と公教育の関係に思いをはせてもよいはずだ。


先生のいう二つのメリトクラシーのうち、教育システム内部におけるメリトクラシーは自明なような気がするから措くとして、教育と社会的資源の配分におけるメリトクラシーについて、もう少し考えてみる。
これをぶっちゃけると、先生の言う「いい学校を出れば、いい職業に就ける」ということになるわけだが、先程の社会=国家への貢献という物語が有効だった時代なら、自らの立身出世と天下国家への奉公がさしたる矛盾なく結びつくことが可能だったのではないか。そんな物語が信じられなくなると、教育の効用として、社会的資源を私的に獲得するという、いってみれば個人的な欲望が露骨に表れるようにも思う。
後で出てくるシンガポールの話のように、愛国教育が徹底している状況だったら、社会=国家への貢献ということをナイーブに信じるか、あるいは表面的に唱えることができるのかも知れないけど。
で、この二つのメリトクラシーが正当化される条件は、人間の生来の能力は平等である、という社会的なルールが是認されているということだという。むろん、私はそんな甘いお題目は信じちゃいないが。後で述べるように、現世の成功者ほどそのお題目を信じるというのは、もっともなことだろう。
教育の「勝ち組」と「負け組」について。この表現が下品なのは、ここでいう勝ち負けが、結局のところ社会的資源(端的にはカネか)の配分量の大小の言い換えでしかないことだろう。貧しくても、高い教育を受けていなくても、毅然として生きることはできないか。自分につきつけてみるが、さて・・・。
改めてショッキングなのは、「機会に恵まれた『勝ち組』ほど、(高等教育を受けたり高い収入や地位を得る機会を)平等だと感じている」という調査結果だ。
言ってみれば、これは勝者の論理だ。成功の機会は平等であり、努力すれば成功する、などというお題目は、成功者であればこそ信じていられるのだろうし、第一、成功者はそれが自分の信念にすぎないことに無自覚だろう。
パネルディスカッションの際に、進行役の孫さんは、これを「社会のマジョリティの自己正当化」であり、弱者に対する差別構造と結びついていると言ったが、まさにそのとおりだと思う。
自分の成功を決して自分の能力や努力のみによるものとせず、常に自分を育てた社会への感謝の念を失わない、という図式は美しいが、実際は難しいのだ。
もし、困難な状況から這い上がってきた成功者が、失敗者に対して不寛容であったり、あるいは裏返しの優越感しか持たないとしたら悲しいことだ。
このフォーラムでの話からは離れるが、先日、知人の女性と話していて考えさせられることがあった。話題がフリーターやニートの若者や、いわゆるワーキングプアの人たちのことになったとき、彼女は「身から出た錆です」と言ったのだ。普段の様子からあまり想像できないようなキツイ表現に、ぼくは一瞬言葉を失ってしまった。そういえば彼女は「努力すれば、絶対誰かが見ている」とも言ってたな。そんなの誰も見てないって。
実は彼女は、幼い時期に父親を亡くして、かなり苦労して育ったらしいのだが、自分が苦しい環境で人一倍努力して、今の「勝ち組」の一端(そういってよいだろう)の地位をつかみとることができたがゆえに、無努力な人間には厳しいのだろうか、と思ったものだ。
ぼくなど、人間は弱くてズルくて易きに流れて失敗するものだと思っているし、いくら努力したって苦しい目に遭い続ける人だっていっぱいいると思っている。おっ、ということは、さっきの調査結果からすると、ぼくは負け組だということだな。
それでも人間、生きているし、生きていかなきゃいけない。いきなり話が落語になるが、いみじくも立川談志師匠が「落語は人間の業の肯定だ」と言ったのは、そういうことじゃないかと思う。
話が長くなった。続きは元気があれば稿を改めることにする。
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第30回SGRAフォーラム「教育における『負け組み』をどう考えるか~日本、中国、シンガポール~」
会場: 東京国際フォーラム ガラス棟G610会議室
スケジュール: 2008年01月26日 14:30~17:30
【発表1】佐藤 香 (東京大学社会科学研究所准教授)
「日本の高校にみる教育弱者と社会的弱者」
【発表2】 山口真美(アジア経済研究所研究員)
「中国の義務教育格差~出稼ぎ家庭の子ども達を中心に~」
【発表3】シム・チュン・キャット(東京大学大学院教育学研究科博士課程)
「高校教育の日星比較~選抜度の低い学校に着目して~」

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