寺山修司が高校時代に編集発行した詩誌「魚類の薔薇」、表題は瀧口修造の詩句からとられた、とキャプションにあるが…。あった。あっけなく見つかった。「地球創造説」にあった。しかし当時青森の高校生はどんな形でこのテクストを手にしたのだろう?

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