第一回『噺の扉』
「権助提灯」 柳家三三
「男の花道」 春風亭小朝
仲入り
随談 小沢昭一
「柳田格之進」 柳家小満ん
第一回『噺の扉』という会に出かけた。
主催は春風亭小朝さん。柳家小満んさんと小沢昭一さんを合わせた3人をレギュラーに、毎回ゲストを迎えて、これから定期的に開催していく落語会だという。初回のゲストは、柳家三三さん。
ぼくは、むろん、小沢さん目当てである。
春風亭小朝さんの高座を見るのも、ずいぶん久しぶりだと思った。
もう3、4年程前か、浅草演芸ホールの正月興行に出かけたら、小朝さんが出ていた。なんでもないようなネタで場内をドカンドカンとひっくり返しているのを見て、身に着いた華、客を巻き込む話術の巧みさに感嘆したのを思い出す。
さて、今回の演目は「男の花道」。不勉強ながら初めて聞いた。旅先で眼疾にかかった江戸の役者と彼を救った眼科医との間の時を経た人情話。元は講釈ダネらしい。ということだからか、高座に机を置いて口演していた。
小朝さんは派手な着物に羽織を着ずに登場。第一感、失礼ながら、老けたかな?と思った。
正直、まくらに振ったギャグは、聞いていてとげとげしい。さらに言えば、番組表の小朝さんの口上文も、これでもかと盛り込んだギャグがスベリ気味で、今のぼくのセンスではない。
噺の本題に入ると、さすがは小朝さんなのだが、どうしても、あのいやらしいほどに上手い小朝さんのイメージが付きまとう。聞いていて、時々、この人は本当はもっと面白いはずだ、もっと上手いはずだという思い込みが邪魔をする。
もしかして、芸が荒れている? そうなると、ここ数年の公私にわたる心労に思いを致すが、それこそワイドショー的な思い込みか。
あるいは、もっと落語らしい演目を聴きたかったとも思うが、トリに大ネタが控えていることを考えれば、あえてそういう演目の選択だったのだろうか。
柳田格之進を聞くのはずいぶん久しぶりだと思った。
ところが、どういうわけか、ぼくは格之進の娘のおきぬが、遊郭に身を沈めることになったために命を失ってしまった、あるいは取り返しのつかない病にかかってしまったものと思い込んでいた。
それが、実はおきぬは無事であり、しかもおきぬの許に詫びに訪れた万屋と番頭を、おきぬは案外あっさりと許してしまう。正直、拍子抜けしてしまった。
しかし、程なく請け出されたとはいえ、一度は遊郭に身を沈めたおきぬが、その原因をつくった番頭と主人を、(少なくとも表面上は)そんな簡単に許すものなのだろうか。あるいは武士の娘として、父親である格之進が許すと決めた以上、それに盲従せざるをえないのだろうか、とすれば、番頭たちに許しを告げるおきぬの内心はどのようなものだったのだろうか・・・。
幕が下りて、そんなことを考えながら、どこか割り切れない気持ちのまま帰路についた。
確かに、Wikipediaの柳田格之進の項を見ても、おきぬの命や体に支障があったという記述はない。ぼくは、どこでどう思い違えていたものか。
しかも、小満さんの口演では語られなかったが、後におきぬは番頭と夫婦になるのだという。そんなことがありえるのか?
