この2、3日、調子が悪い。気力がわかない。
新緑に目を浸せば、ここから抜け出せるだろうか。
川村記念美術館に出かけた。
川村は1年ぶりだ。さらにその前となると見当もつかない。
なかなか足が向かないのは、都心からずいぶんと離れた場所にあるという思い込みのせいか。また、そんな思い込みがあるから、あえて出かけるのか。

前回は錦糸町からJRに乗ったが、そういえば、京成線にも佐倉駅があることに思い当った。
東京暮らしを始めてこの方、京成線とは縁遠いままだったが、どういうわけか最近急に馴染みが出てきて、時々いそいそと堀切菖蒲園で降りたりしている。
今回は、本所吾妻橋から出かけた。
駅の時刻表を見れば、浅草線直通の快速で、佐倉行きというのが何本も出ている。これはおあつらえ向きだ。もっと早く気がついていればよかった。
初めてこの美術館に出かけたのは、まだ学生のころで、確かジョゼフ・コーネル展を見に行ったのだと思う。
コーネルは、学生時代のぼくが知る、数少ない美術作家だった。
それは、当時読んでいたウィリアム・ギブスンのサイバーパンク小説で、電脳三部作のうちのどの作品で、またどんな文脈で出てきたかも忘れてしまったが、小説の中でコーネルの箱の芸術が取り上げられていたのだ。
マーク・ロスコの作品も、その時に見て印象深く感じた記憶があるのだが、あるいはまた別の機会に訪れたときだったろうか?
昨年、久しぶりにこの美術館を訪れた折、ロスコ・ルームという、その名のとおりロスコの作品だけを展示するために用意された部屋で、収められた作品群と対面したが、どういうわけか、初めて見たときの感興が戻ってこないのだ。
作品自体は、昔見たものと同じものを見ているはず。それなのに、まるで別の作品を見ているような気がする。記憶の中の感興が数年の間に増感されて、いつか現実の作品を超えてしまったのか。
そして、もうひとつの疑問。前から、こんなロスコ・ルームなる部屋で展示されていたのだったろうか?
天井の高い、開放的な明るい部屋で、油彩のにおいを感じるほどにキャンバスに顔を近づけたり、また遠ざかったりしながら、作品を見ていた記憶があるのだが。
今回1年ぶりに再訪すると、ロスコ・ルームは閉鎖中。それもそのはずで、この部屋にあった作品は、特別展の会場に移されている。
そして、会場の一番奥の部屋、〈シーグラム壁画〉の展示室に足を踏み入れると、最初にこの美術館でロスコの作品を見たときの感興が、ようやく甦る思いがした。
視線より高く掲げられたキャンバスを仰ぎ見ると、平行の視線で見るときとは、画面は表情を変えて、垂直方向への動感がきわだつように思える。
思うに、〈シーグラム壁画〉は、ロスコ・ルームには小さすぎるのではないか・・・。
〈シーグラム壁画〉を展示する際は、各作品のキャンバスの上辺のラインを合わせたうえで、キャンバスの下辺が床面から一定以上の距離をとるようにという作家の指示があったそうだ。
ロスコ・ルームの展示でも、それなりの距離は保っていただろうが、この展示室ほど高く掲げられていることはなかった。
この天井の高さ、この空間の広さがあってこそ、これらの作品は映えるように思えた。
そして、太陽の動き、雲の流れが、展示室の中の空気感をゆるやかに変える。展示室の空気と外の空気は連続していた。
ロスコ・ルームは、密度の高い空間だが、まるで密室に身をちぢこませるように、キャンバスが肩を寄せあっていた。空気は隔絶していた。

* * *

マーク・ロスコ「瞑想する絵画」
会場: 川村記念美術館
スケジュール: 2009年02月21日 ~ 2009年06月11日
住所: 〒285-8505 千葉県佐倉市坂戸631
電話: 043-498-2672

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