前はずいぶん不健康だったんだろうな、というのは、今だからこそ言えるので、本人はそれが当たり前の状態だと思っているから、よほどのことのない限り、積極的に生活を変えようとは思わない。
おそらく、体調にも閾値のようなものがあって、体が我慢できる限界を越えると、とたんに悲鳴を上げだすのかも知れない。ぼくの場合は、それが眼の痛みとして表れたということなのだろう。
別にぼくは、必ずしも健康づくりのためにスポーツクラブに通おうとか、ダイエットをしようとか思い立ったわけではなく、むしろもっと漠然とした考えから始めたことなのだが(とはいえ、前に書いたように、それは切実な要請でもあったわけだが)、いわば二次的な効果として、自分の体と積極的に向かい合うようにもなった。
そもそも、この1年間で20キロ痩せたと書いたけれど、それだって最初から明確な目標があったわけでは決してない。
スポーツクラブというところに通うのも初めてなら、運動らしい運動なんてここ何年もしたことがなかったわけで、果たしてどれくらい続けられるか、まったく自信がなかった。
それが、しばらく続けるうちに、通えば通っただけ効果が表れることがわかってきた。
毎回、トレーニングの前後には、必ず体重と血圧、脈拍を測って自分のカルテに記入することになっているのだけど、新しい用紙をもらうたびに、自分の体重がどんどん減っていくのがよくわかる。
ジム通いの回数と体重減のペースがほぼ比例していることに気づいてからは、自分なりにその折々の数値目標を立てて、それを目安にトレーニングをするようになった。例えば、年末までに体重を何キロにするとか、何月までに何キロやせるとかいったように。1年間で20キロ減を目標にしようと考えはじめたのは、今年の春先だったと思う。
このあたりで、ある心境の変化が起こった。
順調に体重が減っていくのを見るうちに、そうか、おれもやればできるんだな、という変な自信が湧いてきた。まあ、正確に言えば、やればできる、こともある、といった程度のことなのだが、それでも、自ら目標として立てた数字が自分の努力によって達成できたという充実感は、久しく忘れてしまっていたものだった。
むろん、世の中には、いくら努力したってどうにもならないこともたくさんあることくらいはわかっている。が、努力の積み重ねがそのまま成果につながることだってあるんだ、という認識は、ものすごく新鮮なことのように感じられた。