- たまに近所のスポーツクラブに行くと、必ずしっかりとストレッチをするのです。ぼけーっと何も考えず体を伸ばすのは気持ちがよいのです。で、今日私がストレッチが好きだと言ったら、ひとりエッチが好き?と聞き間違えやがった野郎がいたな。 ->
- くどき上手を飲む。来年こそくどき上手になれますように。 ->
- 今年よく聞いた曲といえば、C-C-Bの「空想Kiss」とNegiccoの「アイドルばかり聴かないで」かなー ->
- お向かいのお父さんから筋少のナゴム時代のベスト盤をもらった ->
- 政治家も世襲が多いんだから、大物の名前は名跡にしてもいいんじゃないか ->
- 賞味期限の限界に挑戦する ->
- 安倍首相はみたままつりの見世物小屋って見に行ったことあるのかな ->
こたつに足をつっこんだままファンヒーターの温風が直接顔に当たる角度で寝ていたら、真夏で暑くて仕方ない…
こたつに足をつっこんだままファンヒーターの温風が直接顔に当たる角度で寝ていたら、真夏で暑くて仕方ないのにどの部屋もクーラーが効かないという夢を見ていた
2013年12月27日のこころのまとめ
- こたつに足をつっこんだままファンヒーターの温風が直接顔に当たる角度で寝ていたら、真夏で暑くて仕方ないのにどの部屋もクーラーが効かないという夢を見ていた ->
今回の山城氏の展示は、そこに喪失の気配も一片の悪意もない鈍感さという点においては、自宅のベランダで戸…
今回の山城氏の展示は、そこに喪失の気配も一片の悪意もない鈍感さという点においては、自宅のベランダで戸外に向けてクリスマスのイルミネーションを飾る幸せな家族の姿と変わるところはないように思えた。その意味では時機にかなった展示だった。
山城氏は最近父親となられたそうだが、今回の展示空間に溢れる全肯定感がそのことと係わりがあるとすれば、…
山城氏は最近父親となられたそうだが、今回の展示空間に溢れる全肯定感がそのことと係わりがあるとすれば、伴侶を得て父親となる幸せというのは、これほど強固で疑いえないものかと讃歎しないではいられない。一方で幸せは、シャボン玉が弾けるように、喪失の気配を宿しているはずのようにも思える。
無数のシャボン玉の降下というのは、いかにも多幸感を狙った演出だろうが、それが壊れて消える様子に気づか…
無数のシャボン玉の降下というのは、いかにも多幸感を狙った演出だろうが、それが壊れて消える様子に気づかせてしまったことは、そこに悪意が込められていない限りは、氏の演出としてはささやかな失敗だろうと思う。残念ながら映像と違って、弾けずにフェードアウトするシャボン玉というものはない。
先日の山城大督展で、展示空間の一角の天井からシャボン玉が降ってくる演出があった。私が立っていたほぼ真…
先日の山城大督展で、展示空間の一角の天井からシャボン玉が降ってくる演出があった。私が立っていたほぼ真上から不意に降り出したので、しばし呆然と見上げていたが、それが止んだ時、シャボン玉が床の近くでぱちぱちと弾けた。降り続けている間はそれが壊れて消えていることに気づかないのだ。
2013年12月26日のこころのまとめ
- 今回の山城氏の展示は、そこに喪失の気配も一片の悪意もない鈍感さという点においては、自宅のベランダで戸外に向けてクリスマスのイルミネーションを飾る幸せな家族の姿と変わるところはないように思えた。その意味では時機にかなった展示だった。 ->
- 山城氏は最近父親となられたそうだが、今回の展示空間に溢れる全肯定感がそのことと係わりがあるとすれば、伴侶を得て父親となる幸せというのは、これほど強固で疑いえないものかと讃歎しないではいられない。一方で幸せは、シャボン玉が弾けるように、喪失の気配を宿しているはずのようにも思える。 ->
- 無数のシャボン玉の降下というのは、いかにも多幸感を狙った演出だろうが、それが壊れて消える様子に気づかせてしまったことは、そこに悪意が込められていない限りは、氏の演出としてはささやかな失敗だろうと思う。残念ながら映像と違って、弾けずにフェードアウトするシャボン玉というものはない。 ->
- 先日の山城大督展で、展示空間の一角の天井からシャボン玉が降ってくる演出があった。私が立っていたほぼ真上から不意に降り出したので、しばし呆然と見上げていたが、それが止んだ時、シャボン玉が床の近くでぱちぱちと弾けた。降り続けている間はそれが壊れて消えていることに気づかないのだ。 ->
- 冬場はこたつと布団が合体して前方後円墳みたいになってるよ ->
冬場はこたつと布団が合体して前方後円墳みたいになってるよ
冬場はこたつと布団が合体して前方後円墳みたいになってるよ
ベランダにクリスマスのイルミネーションを飾る家はしばしば見かけるのに、正月のしめ飾りを電飾にする家は…
ベランダにクリスマスのイルミネーションを飾る家はしばしば見かけるのに、正月のしめ飾りを電飾にする家は見たことがない