このたびの地震で被害を受けた方々にはお見舞い申し上げる。
今のところ、身内や知り合いで直接被害に遭ったという話は聞かないけれど、長岡や十日町といったあたりは、毎回の帰省の折に必ず通り過ぎる場所なので、ぼくにとってどこか遠い町の出来事というわけではない。
亡くなった方の情報をみると、崩れた梁や塀の下敷きになったという方以外に、地震のショックで亡くなったという老人や赤ちゃんが多いのに驚く。


精神的なショックやストレスだけで死に至るということもあるのか。
ついこの前、ある本を読んでいて、こんなたとえ話が出ていた。
大雪原を馬を駆けて渡ってきた男が、一軒の家にその夜の宿を求めた。
−よく、ご無事で来られましたね。
−どういうことですか。
−あれは雪原ではなくて、大きな湖に薄い氷が張っているだけなんですよ。
男はその言葉を聞いた途端、あまりのショックに絶命したという。
最初は、この話、ちょっと出来すぎなんじゃないかなと思った。雪原だと思い込んで走ってきたところが実は湖だったからといって、いくらなんでも即死することはないんじゃないか。
が、今回のショック死の報道を見て、そういうこともあるのかなと思い直した。
もうひとつ再認識させられたのは、今の日本で、その日の食べる物にも困るという事態が簡単に起きてしまうんだということ。
道路や鉄道などの物流網が寸断されて外から物が入ってこなくなるということもあるけど、周りに野菜や米がたくさんあっても、水も電気もなければ煮炊きすることができない。だから、これは都市部だけの問題じゃないわけだ。
いったんシステムに組み込まれると、そのシステムが存在しないことを想定するのは難しい。
新幹線だって、新潟にオフィスがある会社の人は、これからしばらく大変だろう。
東京と新潟を往復している人が一日にどれくらいいるのか知らないけれど、かなりの人の流れが突然せき止められてしまったわけだ。この何千人、何万人の人の流れの変化を、何かビジネスチャンスに結びつけることはできないのだろうか。いささか不謹慎かもしれないけど、ふとそんなことも思う。
ぼくのことをいうと、黒部の実家に帰省するとき、行きは東京から上越新幹線に乗って、越後湯沢でほくほく線に乗り換え、直江津を通って黒部という経路をとるが、ここ最近、黒部からの帰りは特急で長岡まで行き、そこから上越新幹線に乗り換えるというパターンが多い。
上りの一番遅い便が、長岡経由なのだ。それだと黒部駅を夜8時過ぎに出ると、上野、東京には11時半過ぎに到着する。
今度は11月にもう一回帰ろうかなとも思っていたのだけど、とりあえず越後湯沢までは新幹線も動いているらしいし、ほくほく線も1週間程度で全線開通するというから、行きはまあいいのだけど、帰りの遅い便が使えないというのは少し困る。
先週末富山に帰っていて、今週また東京に戻ってきたというある人は、しらさぎで名古屋まで出てから東京に来たそうだ。それだと7時間くらいかかるという。といって、飛行機の予約もいっぱいらしい。

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