前回の「大多福」の話を読み返してみると、すっかり絶賛しているように見えるけれど、ひとつ留保しておかなければいけないのは、あのときぼくは、身銭を切っていない。
あれが自腹だったら、また違った目で見ていたかも知れない。
あのときは、3人でさんざん飲み食いして、全部で3万円少々かかった。ひとり1万円か。
むろん、1万円だから高いとか、2千円だから安いとか、そういうことではないので、いうまでもなくコストパフォーマンスの問題。


あれで1万円なら高くはないと思う。とはいえ、1年に1回か2回、例えば秋風が身にしみ出した頃などに行ければいいかな、という程度。それは、単にぼくがお金のない人だからという、それだけのことだけど。
もっとも、1万円出しておでんを食べるというのも、違和感がないでもない。
週末に、曳舟のたから通り商店街からキラキラ橘商店街、そして京成立石駅前の商店街をそぞろ歩いた。
キラキラ橘商店街を歩くのはもう何度目かだけど、頭の片隅に例のおでんの印象が残っていたせいか、やたら店先でおでんを煮ているのが目に付く。立石のほうでも、おでんがうまそうに煮えていた。
こんなふうに、庶民の気軽なお惣菜として、地元の人たちの生活に密着しているのが、おでんのもともとの姿なのだろう。
むろん、商店街には、おでんだけではなくて、焼鳥やらポテトサラダやらキムチやら、さまざまなお惣菜屋が軒を連ねている。
缶ビールやカップ酒を片手に商店街をひやかせば、居酒屋なんて行かなくてもいいんじゃないかと思うくらい。また、お惣菜屋を何軒か回って適当なおかずを集めてきて、そこでお酒を出したら、居酒屋になっちゃうんじゃないかとも思う。あるいは居酒屋のルーツというのはそういうところにあるのか。
事実、キラキラ橘商店街の入口近くには、やたらと居酒屋が多かった。曳舟についたのは3時過ぎだったから、まだ全然お店は開いていなかったけど(通りすがりのおばちゃんに、早すぎると笑われてしまった)。
今ぼくが住んでいる両国、錦糸町の界隈には、大きな商店街がない。
大通りに沿って、いくつか個人商店が並んでいるけれど、あれを商店街とは言いにくい。そのせいなのか、どうなのか、魅力的な居酒屋も少ないように思う。
このあたりで名高い居酒屋地帯というと、森下、高橋というところか。森下の駅の周辺にもいろいろお店があるし、のらくろーど、なんて名前がついた商店街もある(田川水泡が住んでいたらしい)。
うちの近所でも、北斎通りは、クルマもそんなに通らないし、歩道は広いし、もし商店街だったらいい感じになると思うのだが、昔っからの町工場が商売を畳んだあとに、どんどん新しいマンションが建ってきて、急速につまらない街並みになりつつある。
せめて、マンションでもいいから1階部分は何か商店にしてほしいんだけど、まあ、せいぜい入ってコンビニ程度なんだろうな。
でも、せっかく歩道が広いんだから、例えば屋台街にするなんてのはどうだろう。
江戸東京博物館から錦糸町までまっすぐ、通りの両側に赤提灯がずらっと並んでいるのなんて壮観だと思うが、墨田区役所、そして北斎通りまちづくり旗揚げ委員会の皆さん、いかがでしょうか。

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