目が覚めて少し頭が重い。洗濯するかどうか迷って、結局しない。
そろそろ年賀状を書かなければならない。沢山出すわけではない。相手は古い知人が多いが、近年は年賀状だけの付き合いになってしまった人もいる。だから出したほうがいいとも言えるし、余計に筆が進まないとも言える。
帰省もしなければならない。上京してこのかた、お盆と正月は必ず帰省していたが、今年は初めてお盆に帰らなかった。正月はどうするか。もともと帰省には気乗りがしないが、帰省する、しないを考えるのも、また面倒で気乗りがしない。
家にいても仕方がないので、駅まで出た。軽く飯でも食うか、と思ったところで、駅頭で知り合いの母子に会った。どこかお出かけですかと聞かれたので、ええ、まあ、とお茶を濁して、改札の中に入った。
三軒茶屋へ。さすがに腹が減った。キャロットタワー下の駅そば屋に。ここに入るのは初めてだと思う。舞茸天そば、卵入り。
生活工房で、しめかざり展を見る。会期は今日まで。
日本各地の正月のしめかざりが写真と実物の展示で紹介されている。縄の形に種類があるのは知らなかったが、中には想像を超える形や大きさのものもある。
おそらく日本じゅうのどの家も、自分の家のしめかざりが当たり前だと思って住み暮らしていることだろう。
さて、私の富山の家のしめかざりはどうだったか。子供の頃のしめかざりを思い出そうとするが、縄の形も、縄と一緒に飾られていたものも、最早記憶は漠然としている。
わが家では、おそらく昔は、近所にあった農協の小売店舗でしめかざりを買っていたのだろうと思う。ということは、市内の農家が片手間に作っていたのだろうか。それが、ずいぶん前にその店舗はなくなり、近年はどこかスーパーでパッケージに入った商品然としたものを買ってくるようになったが、子供の頃のしめかざりとは違うなあと思いながら、最近のしめかざりを見ていた。
縄の形もそうだが、縄と一緒に何が飾られていたか、はっきりと思い出せないのがもどかしい。みかん(だいだい?)はあった。裏白にホンダワラ。串柿も飾られていたように思うが、今回の展示を見る限り、しめかざりに串柿を飾っている例は、奈良県の写真しか見つけることができなかった。
あるいは串柿の記憶は、しめかざりではなく鏡餅の正月飾りと混同しているのだろうか。鏡餅も、かつては自宅でついた餅に裏白やホンダワラなどを添えて飾っていたものだが、近年はスーパーで買ってきたパックの餅を置くだけになってしまった。
ともあれ、玄関のしめかざりと鏡餅の正月飾り、それに神棚のしめ縄は境界領域にあるのだろうと思う。
縄の結び目を見ていて緊縛を思い出した。あれには民俗的なルーツはあるんだろうか。今度機会があったら緊縛師の方に聞いてみよう。
三軒茶屋を出て錦糸町へ。ロフトの一階の花屋でしめかざりを売っていたので東京の自宅用に買った。むろん、子供の頃のしめかざりとはまったく違う代物ではある。
帰宅してそのまま在宅。適当に有り合わせで飯を食って、ぼけっとしているうちに眠くなって寝た。5,504歩。