思いもよらず、大野一雄、慶人親子の競演を見ることになった。
といっても、ぼくらが会場に着いたときには、銀座の古いビルの地下の狭い空間は、すでに人でいっぱいで、階段の陰から首を思いっきり伸ばしても、ときたま、踊り手である大野慶人氏の姿をほんのわずか窺うことができるだけ。
いったいその奥で何が行われているのか、前のほうの観客の反応から推し量るしかなかった。
そもそも、最初はこんな秘儀めいた舞踏を見る予定ではなかった。
ぼくの年長の友人であるIさんのお父さんが美術作家で、ちょうど今、個展が銀座の画廊で開催されている。それで、Iさんを誘って見に行くことにした。
すると、その画廊の経営者の長男が、ぼくたちの共通の友人なのだが(というか、ぼくたちを引き合わせてくれたのが彼だ)、今は勤め人をしていて、普段は結構忙しくしているらしいのだけど、その日、銀座で見たいイベントがあるから、一緒に行こうという。
待ち合わせの和光の前から、ずいぶん遠くまで連れて行かれた。
古ぼけた雑居ビルの地下室は、すでに階段の踊り場まで立錐の余地もなかった。
それが、大野慶人さんのダンスパフォーマンスだった。やはり、誰か美術作家の個展のオープニングの企画として行われているらしい。
最初に書いたように、慶人さんの姿はほとんど見えなかったのだけど、ほんのわずかの隙間から、その白く塗られた顔と、手の先に付けた指人形のようなものが、目に入った。
その指人形が、父親である大野一雄の姿をかたどっていることも、すぐに分かった。
慶人さんの舞踏そのものよりも、この狭い空間に、どこからか大勢の人が詰め掛けて、ほとんど見えるか見えないかというくらいの慶人さんの姿を、息を殺して凝視しようとしているという、その現象が興味深いなと思いながら、一歩離れて全体の状景を見ていた。
もとより、ぼくは舞踏やコンテンポラリー・ダンスの類は、ほとんど知らない。
大野一雄という人が、舞踏の世界で大きな存在であるということを、耳学問として聞きかじっているだけだ。
パフォーマンスが終わった。人が散らばり、地下室の中は、なんとか歩けるくらいの余裕ができた。踊り終えた慶人さんが、グラスを片手に顔見知りらしい観客と談笑している。
会場に展示されている作品を見ながら、慶人さんたちの会話を聞くでもなく聞いていると、もうすぐここに、大野一雄さんが到着されます、という誰かの声が聞こえてきた。
大野一雄舞踏研究所
http://www.asahi-net.or.jp/~ab4t-mzht/