最近のニュースでいうと、浪曲師の玉川福太郎さんが事故で急死したというのはちょっとショックだった。
といっても、当方、浪曲ははなはだ不勉強で、玉川福太郎さんのことも、その盛名を演芸雑誌等で拝見していた程度なのだけど。
よく、演芸通が「誰々に間に合った、間に合わなかった」という言い方をするでしょう。 この言い方を借りれば、ぼくは玉川福太郎に間に合わなかったわけだ。
最近はちょっとごぶさたしているが、ぼくが寄席に足を運ぶようになったのは、もう何年前になるか、古今亭志ん朝さんの訃報を聞いて、なんともいいようのない、取り返しのつかない思いを抱いてからだ。
大看板に間に合わなかったことを悔いても仕方がない。今、ここで見られるものを見ておかなければ・・・。さあ、浪曲はどこに行けば聞けるんだっけ?
落語でも音楽でも芝居でも、なんでもそうだろうが、いい芸を生で見ているときは、実に満たされた気分だ。さっきの「間に合った、間に合ってない」でいうと、「今、まさに間に合っている!」という感覚とでも言おうか。
この感覚は、やっぱり現在進行形で言うものだろうな。これが、「俺は○○に間に合った」というふうに過去形になると、団菊じじいの昔自慢が鼻につく。
俺は、いま、ここにいる。いま、ここで、何かすごいものを目の前にしている。そんな感覚を、もっともっと味わいたいものだ。
というわけで、その何かを期待して、結局、シカラムータのライブに出かけた。
場所は、前回と同じ、吉祥寺のスターパインズカフェ。
一曲目は「プレセンテ!」だった。前に、ライブで聞きたいとここで書いたのが伝わったんでしょうか。
MCで大熊さんが曲名について喋っていたが、そういえば、どうして「今」が「プレゼント」でもあるんだろう。今、まさに、目の前に突き出されているからか。
いま、まさに、ここにいる。ここに生きている。そんな生命感、充実感を叫びたいよ。そんな声が「プレセンテ!」か、と勝手に解釈する。
休憩明けのメドレーから、次第にイントロが形をなしてきて、あ、これは、この曲は、やはり、「平和に生きる権利」だ。
最近は、この曲ばかり聴いていた。ヴィクトル・ハラという音楽家、そしてチリのアジェンデ政権とピノチェトによるクーデターのこと、恥ずかしながら、全然知らなかったよ。