
浅草橋の画廊で「大野一雄 生誕100年祭」という展示を見る。
人形の吉徳の裏あたり。初めて来た。こんなところにこんな場所があったのか。
「舞踏デッサン 私のお母さん」に心を動かされる。
舞踏デッサン、とあるが、コレオグラフィーや舞台の配置図のようなものではなく、舞踏公演のためのシノプシスをあらかじめ言葉でつづったものだ。が、これは詩だ。氏の手書きの文字を追いかけているうちに、そんなことを思う。
ひらきつうしん

浅草橋の画廊で「大野一雄 生誕100年祭」という展示を見る。
人形の吉徳の裏あたり。初めて来た。こんなところにこんな場所があったのか。
「舞踏デッサン 私のお母さん」に心を動かされる。
舞踏デッサン、とあるが、コレオグラフィーや舞台の配置図のようなものではなく、舞踏公演のためのシノプシスをあらかじめ言葉でつづったものだ。が、これは詩だ。氏の手書きの文字を追いかけているうちに、そんなことを思う。