昨日の所用の疲れで(ということにしておく)、午前中は怠惰に過ごす。といって午後から精力的になる気も起こらず、次の予定までの中途半端な時間は、久し振りのニューウイングに。

ボナサウナに入ると程なく汗が吹き出てくる。相変わらずいい具合なのだが、24時間テレビを見る気分じゃなかった。サウナ室内のテレビで流すのはスポーツ中継などが無難でよろしい。さらに言えば私はサウナ室でのテレビは不要派。水風呂がぬるいのはニューウイングにしては珍しいことだが、そのせいか、いつにも増してカルキ臭が気になる。 コロナ対応ということで、バスタオルはひとり一枚になっていた。以前はバスタオルもハンドタオルも使い放題だったが、まあ、これについては特段の不都合はない。

ニューウイングを出て、錦糸町から住吉乗り換えで、森下へ。開座のアトリエ公演に。

今年二回目の出演となる黒田百合さんの踊りが目当て。「米原醒井」と題された公演名の意味はよく分からないけど、滋賀県の米原に醒井という宿場町があって、清冽な湧水で古くから知られた場所ということは、調べて初めて知った。

古い蛍光灯のスイッチを入れたみたいにアトリエの隅が白くちかちかと光った。まるで夏の日の夕立のようだ。どこか田舎の家の薄暗がりの部屋に稲光りが射し込むようである。その部屋の奥に百合さんが腰を下ろしている。

百合さんの立ち姿が美しい。踊りの中にも異なる原理があると思う。百合さんの踊りはひとコマずつのスチルを重ねることで動きを構成するようで、だから動きを止めても美しい。片や、岡庭さんの踊りは細かな震動の連続が動きとなるようで、動きは常に止まることがない。むろんいずれも私の手前勝手な見方。

部屋の中に光の輪が現れた。まるで、稲光りが空に走ったまま時間が止まったようである。そんな致死的な電光の結界と戯れるように百合さんが踊っている。

そのうち、この状況は天動説の図式を表しているのではないかと思い出した。百合さんの周りを太陽が光の軌跡を残しながら公転している。が、そのうちに軌跡は消え、百合さんは天上の太陽を仰ぐように踊り、つまり天動説から地動説へ図式が変わったと思ったら、最後は田舎の薄暗い部屋に戻っていた。すべては夕立の間の午睡の夢だったようだ。

公演の後はずいぶんお酒を過ごした。7,711歩。

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