某月某日
すみだリバーサイドホール・ギャラリーの照屋勇賢展をちらりと覗いてから、アサヒ・アートスクエアでAAF学校に参加。
AAFの会期にあわせて開催されているこの連続講座のことを、実はついこのあいだまで知らなかった。墨田区民なのに。
今日は加藤種男氏による「アートとビールの楽しい関係について」というお話。
ビールの製法やその歴史から始まって、氏が先日訪れたという金剛峰寺やそこで食べた精進料理の話へと。どこでアートに繋がるのかな、と思いつつ聞いていると、沖縄の例をとりつつ、神事=祭事においては、お酒と芸事がつきものであり、神の前で奉納する芸能がアートの発祥であった。したがってお酒とアートは切っても切れない関係にある、というところで繋がった。


かつてアートと生活とが密着していた時代があった。昔の家には襖と床の間があり、襖には絵が不可欠である。どんな家でも床の間には掛け軸があり、複製だろうと四流、五流の作品だとうと、少なくとも季節ごとには掛け替えていた。
サラリーマン層、加藤氏の世代のようなおっちゃんがアートから疎外されている、という指摘は、私も意を同じくするところだ。
会場との質疑応答。60代の男性が、カネもヒマもある同世代の男性のアート活動への参加について問う。
その質問を聞きながら、50代、60代が問題じゃないんだ、30代、40代の疎外こそが問題なんだ。ヒマになったから参加するとか、そんな都合のいい話があるもんか、と思う。
加藤氏答えて曰く、その世代には他に面白いことがある。例えば孫や野菜作りなど。
今度は22歳の学生が質問。サラリーマンのアートへの参加ということでは、居酒屋にアート作品を置いたらどうか。
居酒屋を持ち出されては、こちらも心中穏やかではない。サラリーマンは居酒屋に行くから、居酒屋にアート作品を置けばいい、というのは、あまりに楽天的ではないだろうか。また、それはサラリーマンにも、そして居酒屋にも礼を失するのではないか。
このころには、私はすでに会場でその日3本目の缶ビールを開けてしまっており、かなり自制心が緩んでしまっていたので、手を挙げて場内に発言を求めてしまう。
ビールの酔いのせいで、日頃の私には珍しく弁舌滑らか(当社比)だったが、最後は自分でも何を言っているのか分からなくなってしまう。が、言いたいことは、上に書いたようなこと、そして先日のすみだ川びっくりアートツアーの話のときに書いたようなことだ。この話を続けると、際限なく長くなりそうなので、このへんでやめるが、いずれ自分のための覚え書きにまとめて書いておくのもいいかも知れない。
このとき痛感したのは、そうか、アートって20代が主体なんだな。30代のサラリーマンって、アート化?されるべき客体なんだな、と思った。アートの対象という意味では、向島という街も同じだ。
さあ、いま無邪気に発言している22歳の学生は、10年後、まだ現代アートに執心しているだろうか。
マイクを返して、落ち着いて考えてみると、アート居酒屋というのも悪くないじゃないか、と思う。どういう形が考えられるか・・・。
先日のBankARTでの「美食同源」展のとき、これは居酒屋ではないけれど、野毛の三陽の天井から作品が掛かっているのを見た。が、正直いって、三陽という店のもつエネルギーが強すぎて、アートの存在感がかすんでしまっているようにも感じられた。だから、そういうじゅうぶん強い店は、店自体がアートだから、あえてよそからアートを持ってくることはないのだよね。
例えば、阿倍野の明治屋のように、都市開発などのために姿を失いつつある店で、時限的に、何かできないか。あるいは、それとはずいぶん違うけども、和民や白木屋のような、大規模なチェーン店系の居酒屋の、一種のメセナ活動として、アートとの関わりを考えることもできるのではないか。いずれにしても、まあ、夢想だけど。
さっきの22歳の学生氏と言葉を交わしてみると、なんだか気持ちのいいヤツでね。こうヤツも、いつか、サラリーマンや、会社の魔力に飲み込まれていってしまうのかな・・・。
AAF学校終了後、加藤氏はじめ何人かが場所を変えて二次会をするというので、ノコノコ付いていく(またかよ)。吾妻橋を渡って、浅草の雑居ビルの中の居酒屋に入る。
生ビールを飲んでいると、私のジョッキにビールの泡の円弧がきれいに層をなして残っていると指摘される。照屋勇賢展のギャラリーのガラスの壁に配された作品も、グラスに残ったビールの泡をモチーフにしているんだって。いやはや、私も居酒屋修行のかいがありましたかね。その晩は、ビールばっかり、飲みすぎた。

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