瀧口修造さんの講演のテープが残っているらしいことは、ずいぶん前の現代詩手帖の瀧口特集号に、その一部が採録されているのを読んで知っていたが、それが、こんなにきちんとした形で現存しているとは思わなかった。
それにしても、講演の始めから終わりまで、なんと若々しい含羞に満ちていることか!
そして、47年前の録音とは思えないみずみずしさ!
仮にこのテープを、講師の名を伏せて、昨年録音されたものです、と差し出されても、疑いなく聞いてしまうだろう。

録音の冒頭に現れる、主催者の富山高校の先生の話しぶりが、どこか時代がかって聞こえるのとは対照的で、瀧口さんが話し始めるととももに、にわかに時間を超えてしまったかのようだ。
おそらく当時の講演では、この先生のように、昔ふうの訓示調や、あるいは壮士ふうの話し方の人も多かったんじゃないかな。
それに対して、瀧口さんは、聴衆の高校3年生と変わらない目の高さで話している感じがする。
必ずしも上手な講演とはいえないだろう。照れ笑いのうちに、言葉が消え入ってしまうこともある。
しかし、瀧口さんの話しぶりからは、ほのかなユーモアと、聴衆への自然な配慮が伝わる。時には、自分の声の聞こえ具合を場内に確認しながら、話を進めていく。
録音を聞きながら、まるでぼく自身がその時その場にいて、今まさに瀧口さんの発する言葉を聞いているような錯覚におちいりそうになった。
瀧口さんというと、整えられた長い白髪に、杖をついて歩く、晩年の姿のイメージが強い。
はじめ、その思い込みと語り口の若々しさとのギャップにとまどったが、このとき、瀧口さんは59歳。講演の中でも、自分でもまだ老人でないつもりでいる、ということを言っているけれど、確かに、これは、壮年、いや青年の声といってもよい。
講演の内容は、自身の半生を語るくだりが、かなりの部分を占めていて、ここで語られているトピック自体は、後年書かれた「自筆年譜」と重なる部分も多い。
とはいえ、文章に書かれたものを読むのと、自身の語りで聞くのとでは、受ける印象はずいぶん違う。先程の晩年のイメージと録音の声のギャップもそうだが、もしかすると、瀧口さんのことを、しかつめらしく考えすぎているのだろうか。
むろん、ぼくは生前の瀧口さんの謦咳に接する機会などありえたはずもなく、手前勝手な瀧口イメージを膨らませているに過ぎないのだが。
おそらく、「自筆年譜」は、あまりに詩的すぎるのだ。
より正確に、かつ誤解を恐れずにいえば、「自筆年譜」は、それ自体が一篇の詩であり、それは、とりもなおさず、瀧口さんの人生そのものが一篇の詩であったということを意味する。
と、書くことで、ぼくは、確実に、何がしかの慰藉を得ている。
まるで「瀧口教」の信仰告白をしているみたいだ。自分の慰藉のために、瀧口さんを神話化するのはやめよう。
この講演の録音を聞くことは、瀧口さんも、またひとりの「限りある肉体をもつ人間」であったことを再確認することでもあった。
今回の図録に収録されている講演記録から一節を抜いてみよう。瀧口さんが慶應英文科卒業後、P.C.L.映画製作所(現在の東宝の前身の一社)に入ったくだり。
「そして映画の世界へ飛び込みました。文学、美術、詩ということよりも、もっと新しい表現の世界へ飛び込もうと思って、映画会社に入ったのです。(中略)とにかく映画という新しい世界へ入って、何か自分が考えていることをそこで実現できればと思いました」
録音を聞きながら、ふと思ったのだが、瀧口さんが映画という表現世界に抱いていた思いは、ぼくが学生だった1990年代に、その頃でいう「マルチメディア」とか、出はじめのインターネットに対して、ぼくが抱いていた思いと、そう遠くはなかったのではないか。
当時のぼくにとって、そこにはテレビやラジオといった従来のメディアにはない、何か新しい大きな世界が広がっていると感じられたものだ。
実際には、社会に出て、その世界の末席の末席らしき場所に身を置くようになると、そこは、純粋な希望と隣り合わせに山師のような人たちが跳梁跋扈する、有象無象の世界であることに気づくのだが、あるいは、瀧口さんが飛び込んだ当時の映画界にも、同じように混沌としたところがあったのではないかと思う。
結局、ぼくはこの世界で何もできなかったけれど、当時の記憶を手がかりにして、来るべき世界の予感に震える若き瀧口さんの姿が、なまなましく浮かび上がった。

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瀧口修造の光跡Ⅰ「美というもの」
会場: 森岡書店
スケジュール: 2009年06月29日 ~ 2009年07月11日
住所: 〒103-0025 東京都中央区日本橋茅場町2-17-13 第2井上ビル305号 森岡書店
電話: 03-3249-3456

関連イベント:
瀧口修造の講演「美というもの」(録音)を聴く
スケジュール: 2009年07月01日 19:00~ 18:30開場

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