
まあ言ってみれば、四六時中、墨田区の界隈で暮している。
それなのに、東京スカイツリーというんですか、例の新しいタワーがこの区内に建ちつつあることについて、ぼくは、ずっと実感が湧かなかった。
墨田区に新タワーを誘致するという話を、どこか遠い国の話題のように聞いているうちに、建設が本決まりになって、そのうち、ついに工事が始まってからも、なぜか、この近くで起きている出来事という感じがしなかった。
あるいは、これを現実の出来事と思いたくない気持ちが働いていたのか。
ずいぶん前から完成予想図だけはあちこちで目にしていたせいか、このままいつまでも建設予定のままで終わるような、そんな気さえしていた。
もっとも、同じ区内でも、ぼくの生活範囲は新タワーの間近というわけじゃない。建設現場の前に立って、日々の工事の進捗を目の当たりにしていれば、いやおうなく現実に飲み込まれることになるのだろうか。
さて、今日の話。
実のところ、ゲストの話を聞いているうちに、突然ぼくの中で、タワーの存在感が生々しく立ち現われてきた。
新タワーのデザイン上のモチーフのひとつは、五重塔だという。構造上の類似点もあるようだし、モニュメンタルな性格も通底するところだろう。
何より、五重塔は、本来は卒塔婆(ストゥーパ)であり、すなわち仏舎利塔であったという。
その言葉を聞いて、ぼくはひざを打った。そうか、新タワーは仏舎利塔だったのか。
それ以来、のっぺりとした墨田区のスカイラインの中に聳えるあの尖塔のイメージが、どうしても仏舎利塔に見えて仕方がない。
あえて言うまでもないことだが、この墨田区の一帯は、これまで幾度の大火や震災、空襲によって、その度に徹底的に焼き払われ、幾万の命が失われた土地だ。
今まさに自分が立っているこの場所に、これまでいくつの魂が行き過ぎたことかと思うと、にわかに慄然とする。
この現代の仏舎利塔は、そんな土地の記憶とともに埋められた魂を踏み鎮めるための慰霊塔として機能しはじめることになるのではないか。この土地にタワーを建てるということは、施主や設計者の意図を超えて、そんなマジカルな意味を持たざるをえないのではないか・・・。そんなことを思った。
むろん、これは、ぼくの勝手なイマジネーションに過ぎない。
とはいえ、慰霊塔としての機能と、施主側が単純に期待しているような、街に賑わいをもたらす機能とは、決して矛盾するものではないだろう。
ぼくの住まいの近くの横網町公園に、東京都慰霊堂という建物がある。伊東忠太の手によるという、寺院風の建築だ。普段は、近所の人たちが公園で子供を遊ばせているのを目にする程度で、静かなたたずまいを見せている。
この界隈に暮らすようになってしばらく経ったある日、慰霊堂の近くを通りかかると、大勢の人の姿とともに、清澄通りに沿って屋台が延々と並ぶのを見て、さあ、今日はいったい何のお祭りかと思ったのだ。
程なく、その日は9月1日、関東大震災の当日であることに思い至った。
横網町公園は旧被服廠跡だったのだ。
そんな、慰霊の空間、祈りの空間と、賑やかな祝祭の空間とが重なり合う地点に立つタワーの姿を夢想するのだが、さあ、どうか。
そして、仏舎利塔について、さらに個人的な感傷。
ぼくの生まれ育った故郷の、市街を望む丘の上に仏舎利塔が建っている。
町じゅうどこからでも、山を仰げば、そこに仏舎利塔が見える。
運動公園のあるあの丘。子供の頃は自転車で登ったな。もう何年も行っていない。
今思えば、あの仏舎利塔は、何を供養するための塔なのだろう。中には本当に仏舎利が収められているのだろうか。はるか昔、塔の中に入ったことがあるような気もするのだが。
仏舎利塔のある街、仏舎利塔を仰ぎ見る街というのも、そう悪くはないんじゃないかと思えてきた。
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『すみだ川アートプロジェクト 高山明トークシリーズvol.1~隅田川のほとりにて、東京スカイツリーをきく~「澄川喜一×高山明 」』
会場: アサヒ・アートスクエア
スケジュール: 2009年06月29日 19:00 ~
住所: 〒130-0001 東京都墨田区吾妻橋1-23-1 アサヒスーパードライホール4F
ゲスト: 澄川喜一(彫刻家、「東京スカイツリー」デザイン監修)
進行: 高山明(演出家、Port B主宰)