2011年10月28日のこころのまとめ

  • 昨夜は初対面の方を相手にヘンタイ話に興じてしまった。心の栓をポンと抜かれて、われ知らずヘンタイ話がダダ漏れになってしまったようだ。 #
  • これから地唄舞の公演を見に行く。まずまず間に合いそう。初めてなので楽しみだ。 #
  • 日本舞踊はむろん踊ったこともなければ見るほうも素人同然だが、今日の会に出演する知人からチケットをいただいたので見に来た。ぼくには合っていると思った。落語の聞き方が厚くなるし、現代演劇やダンスを見るのにもこの視点はいい目安になると思う。 #
  • 菊地成孔の粋な夜電波、金曜日に移ったのか。柳家喬太郎のキンキラ金曜日と被るな。 #

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2011年10月27日のこころのまとめ

  • しかしここ数日で急に寒くなった。月曜日の夜は外でお茶を飲むのがちょうどいい気候だったのに、火曜になると肌寒さを感じ、昨日の夜などしばらく外にいるだけでマフラーがほしいと思った。オープンカフェの季節は短いんだな…。 #
  • 余談だが私がもし将来喫茶店を出したらオープンカフェという店名で行こうか。 #

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2011年10月26日のこころのまとめ

  • 暑からず寒からずいい気候になった。錦糸町丸井のスタバが店外にテーブルを出しているので、待ち合わせのカップルや水商売風の女性をコーヒー片手にぼんやり眺めているのも悪くない気分だ。しかし外の席は8時半で終わりだって。どこか遅くまで開いていて気持ちのいいオープンカフェはないかな。 #
  • 地震発生直後に片想いの女性宛に「地震大丈夫?」ってメール送った男ウザイ!というご指摘はなかなか耳が痛いな。 #
  • しかしあの頃はわれながら気持ちが浮ついていた。おかげで私はいい迷惑だ。逆にいえば、もし今でもあのまま大きな余震が続いていたとしたら、私は誰彼構わず恋しくなってしまい、今以上に社会に多大なご迷惑をおかけしていたかも知れぬ。 #
  • つまりYou got me shakin' and quakin' My world is turning upside downってやつだ。恋を地震にたとえるのは不謹慎なことじゃなくて、恋愛というのがそれほど危険で社会に害悪をまきちらすものだってことだな。 #
  • ・・・という認識のもとに、私は社会にさらなる迷惑をかけて生きていくことをここに誓います。 #

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2011年10月24日のこころのまとめ

  • 地下鉄のザジ。始めはザジ自身が飛び回って大人たちを翻弄しているけど、後になるとザジが居眠りしている間にむしろ周りの大人が勝手にドタバタを演じているんだな…。さらに言えば、ザジの夢の中のドタバタと現実に起きているドタバタが、どちらともつかず、互いに入り込んでいる感さえある。 #
  • 翻って「トータル・リビング 1986-2011」のザジはどうだろう?南の島などには行っていなかったドキュメンタリー作家も含めて、すべては冒頭に一瞬現れて消えた1986年のザジの夢語りということはないのか。実はこの世界全体が彼女に包み込まれていたという思いにとらわれつつある。 #
  • Ustreamの「twilm」にチェックイン! http://t.co/wg4RYhTD #
  • さっきからカワイイ女の子2人がえんえんとカラオケしてるustを見てて寝れない #
  • これ聞いたら寝ます http://t.co/N74bUtdt #

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2011年10月23日のこころのまとめ

  • 瑛九展もうひとつの会場、うらわ美術館に。瀧口修造の詩画集「スフィンクス」の実物、もしかしたら初めて見たかもしれないな。版画を寄せている六人のうちのひとりが瑛九だったんだ。 #
  • 瑛九は生涯にわたって油彩画を描きつづけ、かつ、生前評価されなかったのも油彩画というけれど、そういうものかも知れないと思うなあ。まず遠近法的なイリュージョンはこの画家にはそぐわないような気がする。目に映る色や形を実直に実験し冒険するところに本分があった人なのだろうと思う。 #
  • 先日観劇した「家電のように解り合えない」と「トータル・リビング 1986-2011」の戯曲が載ってる「悲劇喜劇」誌を買ってしまった。これ読んでどうするってんだよ。ただでさえ真っ当なサラリーマンか怪しいってのに、これで演劇ファンになったら廃人同様じゃないの。 #
  • そんな演劇シロートの「トータル・リビング 1986-2011」の感想。劇中でタイガー・リリーが言うように、シェークスピアの「ハムレット」だからといって、それが演劇である必要はない。それなら、この舞台だって、果たして「演劇」なのかどうか怪しいものだ。 #
  • 確かに俳優の台詞も所作も演劇的で、何よりここは演劇祭の会場、演出家は演劇界で定評があり、演劇について造詣も深い。口を開けば演劇好きそうな言葉。しかし、そうなのか?ぼくはこの演出家から「演劇」に対する少なからぬ悪意を感じずにはいられなかったのだが。神学界に乗り込んだ異教徒のように。 #
  • 早稲田松竹で死刑台のエレベーターと地下鉄のザジを見た。日曜なのに駅前で学生が騒いでるな。今日は何かあったか? #
  • しかし昔の映画は面白いな #
  • 「トータル・リビング 1986-2011」の冒頭で飛び降りる女は後からザジとして出てくる女なんだよな。。彼女はどうしてザジなんだろう。ザジなんて名前の女、地下鉄のザジしか知らないよ、と思ったところで、ちょうど地下鉄のザジをかけているというので見に来た次第なのだが。 #
  • まる二日間、公道を自転車で走る一般参加のレース(雰囲気的には百ハイの自転車版のようなもの)に参加した夢。確か長野のほうまで行ったのか?何故か途中ずっとママチャリに乗る飴屋法水氏と抜きつ抜かれつ並走していた。二日目はあまりに眠く疲れて何度も途中のコインパーキングで休もうと思った。 #

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2011年10月22日のこころのまとめ

  • 先日参加したあるワークショップの講師の所作がずっと気になっている。そのテクニックで氏がどんなことをしてきたのかよく知らないが、氏の身振りを見ていてなぜか魅了されるものがある。男性の私にしてこうなのだから、女性はいかばかりか。これは芸術、いや、むしろ芸というべきかとさえ思う。 #
  • すげー久しぶりにwahの二人に会った #
  • 錦糸町→曵舟→牛田・関屋→千住大橋という経路で正しかったのだろうか。東武の牛田駅の真ん前に京成の関屋駅があるというのも理解しがたい。なんとか話し合いで一本に収めることはできなかったのだろうか。 #
  • 夕方千住市場で撮った足立智美さんのコンサートの写真を見返してるんだけど、なんかファッショっぽいんだよなあ。。一列に並んだ同じ色の服を着た人たちが号令に合わせて一斉に演奏するとか。大勢で音楽をやろうとするとどうしてもそうなってしまうものなのか。ま、わざとやってるのかも知らんが。 #

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2011年10月21日のこころのまとめ

  • 昨日の「トータル・リビング 1986-2011」のアフタートークで、宮沢章夫氏が出演者に自分への質問をあらかじめ用意させておいて、他者への質問の中に質問者自身が興味を持っている事柄が表れる、という精神分析的な切り返しはちょいと面白かったな。 #
  • そういえば芝居の冒頭で、コールセンターの女に向かってカメラマンが唐突な質問を繰り出していたね。さあ、ぼくなら彼女にどんな質問をしたことだろう?もし彼女に対して何も聞くことがないとすれば、それはぼく自身が世界の何事にも関心を失っているということなのだろう、宮沢氏流にいえば。 #
  • 生きるとは
    ゴヤのファースト・ネームを
    知りたいと思うことだ。
    ゴヤのカプリチョスや
    「聾の家」を
    見たいと思うことだ。
    見ることを拒否する病から
    一歩一歩癒えて行く
    この感覚だ。
    (「ゴヤのファースト・ネームは」飯島耕一) #
  • 実は遊園地再生事業団の公演を見たのは昨日が初めてで、偉そうなことを言えた義理じゃない。20余年来のシティボーイズマニアだけど、ラジカルには間に合ってなくて、ぼくが見出した頃のシティボーイズライブはすでに三木聡氏の演出だった。1986年ってラジカルやってた頃だよね。 #

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2011年10月20日のこころのまとめ

  • 一枚の絵に対面して自分の心を開く訓練はずいぶんとしてきたんだけどな。ひとりの人に向かって同じことをやろうとすると、気後れしてしまうのは何故だろう。 #
  • 確かに自分は喋る中身にこだわりすぎていたのかも知れないな。何かを喋ろうという意識が先に立っていた。そうじゃない、まず喋って、後から中身がついてくるような喋りもあるのかも知れないと思った。というか、本当はそういう人になりたかったはずなのにね。 #
  • 突然あまりにも明瞭かつ大音量で虫の音が聴こえだしたので隣の人の携帯が鳴っているのかと思った。 #
  • あまり携帯を気にするのも考えものだな…。2年前にスマートフォンにしてから圧倒的に携帯に触れる時間が増えた。もちろんいいこともある。不意に浮かんだ言葉を逃さず捕らえられるようにはなった。でも常に携帯を気にしているということは、常に緊張を強いられるということでもあるみたい。 #
  • 「トータル・リビング 1986-2011」を見た。普通に面白かった。 #
  • しかし芝居というのは、あるいは演出家というのは傲慢なものだね。ぼくなどは体調が悪ければ早退けしたいし、風邪をひけば休みたいし。演出家はそれを許さないんだね。俳優がひとり欠けても芝居が成立しないなんてことを平気で言うんだから。なんて非人道的なことかと思う。 #
  • 演出家の言うことは簡単に信じないようにしよう。 #

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2011年10月19日のこころのまとめ

  • ずいぶん寒くなったねえ。 #
  • 瑛九展の話。抽象画が並ぶ展示室で、ふと肌合いの違う絵に気づいて足を止めると、ガラス板の上に油彩で描かれているのだった。続いて戦前のフォトグラムの展示に、プリントとともに小さなガラス板が添えられていて、キャプションに曰く、この時代の写真原板はフィルムではなくガラス乾板であったと。 #
  • ふと思ったこと。写真の原板がガラス板だった時代に、絵画の支持体としてガラス板を用いるということは、特別な意味を持っていたのではないか?つまり、イメージが立ち上がる場としてのガラス。そう考えると、デュシャンの大ガラスというのも、やや違うニュアンスをもって現れてくるのだが。 #
  • 今夜はちょいと毛色の変わった体験をしようと企んでいる #

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