ヴィトリーヌという作品を、ぼくは誤解していたと思った。
そうか、これは光の中で見るんだ。
本当は、こんな暗いところで見るものじゃないんだ。外光でも人工光でもいい、とにかくまばゆい光を当てて、これらの作品を見直してみたい。そうすれば、ずっと当時の人たちの目に近づけるのではないだろうか。
そんなことを思った。
鎌倉から

Birthday Cake
梅若猶彦氏の公演の話だった。
しかしあれは能なのか、能を知らないぼくには、そこからしてよく分からない。
夕方の6時過ぎに会場のBankART1929に着いた。
受付で話を聞くと、開演は7時半というので、それまでしばらく、1階のホールで梅若猶彦氏の前作を上映するので、それを見てくれとのことだった。
ごちゃごちゃとマーケットの屋台が並んでいる中に大きなプロジェクターと椅子が搬入されて、即席の上映会場がしつらえられた。
一泊二食付き
あーっと、前回書き忘れたことから書いておくと、BankART1929で見た眞島竜男氏のインスタレーションで、ピザを何度も繰り返し切り刻んでは重ねて、最後に犬がガツガツ食う映像は、結構衝撃的でした。
だんだんピザがピザの形をとどめなくなっていって、最終的には人の食べ物と犬の食べ物の境界線を乗り越えていくというか。そうか人の食べ物=犬の食べ物であり、犬の食べ物=人の食べ物なんだなあという、実は当たり前の事実に気づく。
美食同源、か。

横浜のBankARTに「食と現代美術 Part2」という展示を見に行ってきた。
サブタイトルで「美食同源」なんてシャレてもいる。
そもそもぼくは、食べることも飲むことも大好きだが、食べることや飲むことについて書かれた文章を読むのも大好きである。
では、食べることや飲むことについて描かれた美術作品を見ることについてはどうか。
ま、あんまり考えたこともなかったけれど・・・。
野毛から

オール讀物2月号484ページ単独完全読破挫折

今週は、小沢昭一的こころのストリーミング放送の更新がなくて寂しい一週間ですが。
実は最近、毎朝歯を磨いたり髭を剃ったりしてる間じゅう、BGM代わりに昭一的こころを流しっぱなしにしておく習慣がついてしまったもので、余計にそう思う。
おかげで、ちょうどいいタイミングだったというか、先週届いた「唄う小沢昭一的こころ」を流しっぱなしでありますよ。
小沢昭一的マニア的近況

イーブックオフのサイトを覗いてみたら、小沢さんのCD「唄う小沢昭一的こころ」が出ていたので、即買いしてしまった。
このCD、例のラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」の平成4年の年末から翌平成5年のお正月まで3週間分の放送をそのまま収録したもので、今となってはもう13年前の放送だから、中古で買っても許していただけるのではないかと、勝手に思っている次第なのですが。
馬車道から
