菩薩

朝は家で、朝食とも言えないようなものを軽く。昼は焼魚にしようと思ったら、店が開いてなかった。月曜は休みなんだっけな。玄関に亀のいる蕎麦屋でカツ丼ともり蕎麦のセットに。結構お客さんが入っている。

夕方外に出ると、曇り空のせいもあってか、ずいぶん暗くなるのが早くなったと思う。これからこの時間に写真を撮るのは難しくなるということか。

寄ってみようと思っていた場所があったのだけど、行ってみたら開いてなかった。おかしいな、週末しか開いてないのかな。無駄足ではあったけど、その分余計に歩けたと考えることにしましょう。

目を通したいと思った本が、横川コミュニティ会館の図書室にあるというので、散歩がてら行ってみることにする。

この場所は初めて。目当ての本を借り出して退出。これから気候がよくなれば、錦糸町から歩いて帰る途中に寄るにはいいかも知れない。

東京都写真美術館の日本の新進作家展で、原久路&林ナツミ両氏の作品が、被写体に選んだある時期の少女たちを指して、菩薩という言い方をしていたことが気になった。菩薩か…。

平岡正明の『山口百恵は菩薩である』を思い出した。篠山紀信が撮影した山口百恵の写真とともに。

山口百恵が引退した1980年は、私はまだ小学校低学年だったから、山口百恵を同時代体験したとまでは言えないけれど、当時のフィーバーはもちろん覚えている。林ナツミ氏はまだ若いが、原久路氏は私よりいくつも年上のようだから、必ず山口百恵を同時代体験しているはずだ。氏が平岡正明を読んでいたかどうか分からないけど、「菩薩」という言葉遣いには何か通底するものがあるのではないか、そして両氏の作品に表れる少女イメージの先例として、篠山紀信による山口百恵を置いてみるのはどうか、と思った。

ずいぶん歩いてくたびれた。帰宅後は在宅。13,934歩。

気配

もう30分も早く家を出られたら、途中でアイスコーヒーでも飲めたのに、そこまでゆっくりする時間はなさそう。

京成曳舟から品川乗り換え、北品川へ。

暑い中歩いていると頭がぼんやりしてくる。足許が覚束ないせいか、後ろから来た車にクラクションを鳴らされた。

原美術館に。 開館時刻の11時に予約していたら、中途半端に早く着いてしまって、外でしばらく待たされた。他にもそんな客がちらほら。

アート・スコープ展。ドイツからの招聘作家の作品が環境音楽(早世した吉村弘氏によるものという)をフィーチャーしていることに全体の印象が引きずられているのかも知れないけれど、出展作家の三者とも音の要素が大きくて、インスタレーションというより、アンビエント、という言葉がはまるよう。

日本からの派遣作家の久門剛史氏の作品で、伏せられた木のパネルから蛍光色が漏れ出しているのは、気配という言葉でいわれるような、目に見えないものを可視化すると、こうなるのかなと思った。

サンルームの中に入ると、高周波が鳴っていることがわかる。それが、しばらくそこにいるうちに高周波が隠れて、蝉の声、カラスの声、新幹線の走る音といった外からの音が前面に現れてくる。ハンドアウトに書かれている、高周波が「聴覚的な物差しとして配置」されているというのは、こういうことかと思った。不思議なことに、常に音が鳴っているのに、静寂という感じがする。静寂は無音とは違うのか。

小泉明郎さんの作品では、展示室の入口でiPodが渡されて、観客はヘッドホンで音を聞きながら入室することになる。展示室の中では、言葉で構築された彫刻を見ているとでも言おうか。もしこの状況をヘッドホンを着けていない人が見たら、王様は裸だ、ならぬ、展示室は空っぽだ、と思うことだろう。

帰りは、普段なら北品川に戻るか、品川駅に出るところを、初めて五反田まで歩いてみた。距離的には品川に行くのとそう変わらない。なるべく日陰を選ぶように歩く。

五反田から山手線で恵比寿に。ガーデンプレイスのエクセルシオールで休憩。というか、ほとんど昼寝。シエスタという感じ。

東京都写真美術館に。三つ展示をやっているけれど、こういう体力を消耗する時はあまり欲張らず、エキソニモは次回来訪時に取っておこう。

森山大道展。写真はとにかく、たくさん撮ること、そして長く続けることだなあと思う。

写真家の過去作をキャンバスにシルクスクリーンでプリントした作品が並んでいる。モノクロ写真の粗い粒子がわずかに厚みを持って、印画紙とは違う物質感がある。本当は、印画紙にプリントしたものこそ写真と言いたいところだが、むろんそういう時代でもないし、今回の展示で、銀塩プリントは美術館所蔵の犬の写真一点だけである。

日本の新進作家展。時間の経過や地理的な移動に並走して記録に留めていく写真もあれば、閉じた世界の中で作られたように見えるイメージが、かえって外の世界を浮き立たせる場合もある。ポイントは、やはり続けること、そして技術か。

NADiff Galleryに。森栄喜さんの展示「シボレス|破れたカーディガンの穴から海原を覗く」は、先日のKEN NAKAHASHIでの展示の再現と言っていいだろうか。

私は、今でこそ隅田川で産湯をつかったような顔をして暮らしているが、いわゆる標準語は私の母語ではない。意識して身につけたものだし、正直今でも話しながらアクセントに迷うことがあるくらいなので、その意味では外国語と変わるところはないとも言える。では母語は何かといえば、長年の東京暮らしでずいぶん怪しくはなったが、富山弁の新川方言ということになるだろう。それにしても、話者の育ちが農村地域か港の近くかで言葉はずいぶん違うし、世代による違いも大きい。そうやって言語集団がどんどん細分化されていくと、集団の自他の境界はどこにあるのだろう。

これをシボレスと言っていいかわからないけれど、私は、他の人が話しているのを聞いて、この人は富山人じゃないかなと気づくことがある。仮にその人が自分のことを富山人だと言わずに、標準語を喋っているつもりでいたとしても、言葉を聞けば大体わかる。それくらい、言葉に染み付いた生来のアクセントは拭いがたい。もっとも、私自身が長い間、自分の喋る言葉に意識的だったせいかも知れないが。

地方を舞台にしたドラマで、その土地の方言を、地元出身ではない俳優が話す時の不自然さは、多くの地方人の感じるところだろう。一方で、方言の壁を乗り越えているかに見える人もいる。例えば、小沢昭一さんは映画の中で上方言葉を達者に喋っていたし(それでも、大阪人が聞けば違和感があるのだろうか)、落語の「金明竹」は、噺家の繰り出す江戸言葉と上方言葉の両方がそれらしく聞こえるからこその可笑しさだろう。ということは、古来シボレスの関門をすり抜けおおせた人も、少なからずいたのではないか。そんなことをつらつら考えているうちに所定の15分は過ぎた。

曳舟に戻って、ドトールで休憩しつつ、小泉明郎さんのもう一点の作品、各自音声ファイルをダウンロードして街中で聞くよう指示されているものを試してみる。まあ、もっと目の前で雑踏が行き過ぎるような状況のほうが作家の意図には合っていたんだろう。

帰宅後は特に再外出もなし。15,959歩。

二等辺三角形

洗濯機を回して、空き缶と段ボール出しついでにコンビニに。その足で朝の散歩に出るには、もう日が高い。

午後から外出。二日連続目の前で電車に乗り損ねて衝撃が大きい。

新宿三丁目へ。

KEN NAKAHASHIに、森栄喜さんの個展「シボレス | 鼓動に合わせて目を瞬く」を見に。

今回は映像作品。緊急事態宣言下の東京の街中で行われたというパフォーマンスの記録。

人影のない街に作家の影が射す。マイナスとマイナスを掛けてプラスになるように、不在と不在を重ねると存在が際立つものなのか。

影は意味ありげに動いたり形を取ったりしている。このパフォーマンスは誰かに宛てたメッセージなのだろうか。無人の街で、誰が受け取るとも知れないメッセージ。

ふと、かつて惑星探査機に搭載された金属板のことを思い出した。地球外生命体によって受け取られる微かな期待の下に、その金属板には裸の男女が描かれていた。男性の姿が右手を挙げていたのは友好の印として、という。が、異星人はそれを好戦の印と解するかも知れない、という反対説もあったらしい。

銀座の森岡書店に。開催中の出版記念展の一環で、お茶と「ミニチュア餅」が振る舞われるという。先年来お餅には何かと関心のあるところでもあるし、いそいそと伺った次第。

ああ、お茶というのは確かにこういう味だったなと再認識するような水出しの緑茶と、薔薇の香りのする一口大の餅菓子(豆大福のようなものか)をいただいた。

溝口実穂さんという方は存じなかったが、台東区の鳥越で「菓子屋 ここのつ」というお店を出されているという。鳥越なら近い。今日のようなお茶と茶菓を戴けるんだったら、今度行ってみようかな、と思ったら、お店は予約制で、それも受付開始からすぐに一杯になってしまうのだとか。

外苑前へ。ワタリウム美術館の「変化する自由分子のWORKSHOP」展に。

作家の青木陵子、伊藤存両氏が石巻のリボーン・アートフェスティバルで行った展示を再現し、さらに展開したものらしい。

ものをつくるというのは、こういうことなのだろうと思った。つまり、ゼロから創造するといったことではなく、すでにそこにあるもののブリコラージュとして行われていることに感じ入った。

いろいろと息詰まる世の中だけど、そうか、こんなやり方もあるのかとヒントを与えられるような展示でもあった。

帰宅後、夜の散歩に。いつもの銭湯を目当てにするのもいいけれど、たまには別の場所にも行ってみたい。そこで、未踏の足立区方面に足を伸ばすことにした。

行き先の銭湯は、「北千住」「水風呂」で検索して、あまり考えずに向かったのだけど、東京メトロの宣伝で撮影に使われていた場所らしい。そういえば、この縁側の風景には見覚えがある。

立派な構えの建物で、広々として天井も高いが、肝心の水風呂がぬるいのは残念。いずれ外気温が下がって水が冷たくなったら再訪してみよう。

このまま帰るのも物足りず、浅草のいつもの銭湯に。水風呂できっちり身体を冷やして帰宅。そうそう、ここは湯上がりのシャワーも冷たいのが高得点。

後から地図を見たら、北千住の銭湯を頂点に、長辺のやたら長い二等辺三角形を歩いたようだ。28,132歩。

ハミングおじさん

朝から不安定な天気。夕立みたいに激しい雨音がする。早く目が覚めたのに、雨のせいで出かける切っ先が鈍る。

外に出たら、さっきの雨音は何だったんだろうといういい天気。でも、雨の痕跡が街のそこかしこに残っている。

朝サウナという気分だったのに、さっきの雨で出遅れてしまった。駅のホームに着いたら目の前で急行のドアが閉まった。

次の急行は10分後、それも発車したと思ったら、いきなり次の駅で4分停車。何というか、人の心理を分かっていないダイヤだと思う。10分待たせたら次の駅での停車時間は極力短くするといった心遣いが欲しい。ま、私の勝手な心理ではありますが。

時間的にはぎりぎりだが、我慢できず朝サウナに。

ぬる湯に浸かりながら、ハミングを口ずさんでいる人がいる。仮にハミングおじさんとしておきましょう。この人には、これまでも何度か朝のサウナで出くわしたことがある。

朝の浴室に流れるBGMのように、ハミングおじさんはえんえんとハミングを口ずさみ続けている。正直言って迷惑である。こちらは静かな朝の雰囲気を楽しみたいのに。

サウナのレストランで久し振りに朝カレーを食べた。ゆっくり朝飯を食っている時間がなかったのでね。

昼は鯖塩焼き。

夕方は考えていた行き先があったのだけど、またの機会に。ぽかっと時間が空いたので、まだ少し暑いけれど、久し振りに歩いて帰ろうと思う。

途中、アイスコーヒーで休憩。

夜の散歩は、山谷堀公園から千束通りに入って、浅草まで。江戸の頃もこんな道を通った人がいたのかなと、ふと思う。

内海桂子さんが亡くなった。子供の頃テレビで見た桂子・好江の漫才も覚えているけれど、私にはやっばり「大沢悠里のゆうゆうワイド」の桂子師匠が印象深い。Wikipediaによると1987年から94年まで悠里さんのパートナーを務めていたとあるから、私は大学時代に聞いていたのかな。というより、その後も「お色気大賞」のコーナーで、サンプリング?された桂子師匠の声が使われていたから、ずっと出演してたみたいなものでしょう。

何年か前に、桂子師匠が東洋館の出番を終えて帰るところに出くわしたのを思い出した。その時でもう90を過ぎていたけれど、矍鑠としているどころか、全身に重厚な現役感を纏っていて、携帯のカメラを向けるのも憚られる雰囲気があった。

ひさご通りから千束通りを引き返して、いつもの銭湯に。

夜の空気は蒸し暑いけれど、水風呂で身体をしっかり冷やして外に出ると、ぬるい風に吹かれて気持ちいい。20,472歩。

グランデ

朝はドトールで。

平日の朝からTシャツにサンダル姿で出歩いているおじさんをよく見かける気がするのは、やっぱりコロナ禍の影響でテレワークの人が増えたからなんだろうか。

今朝も、Tシャツにサンダル姿のおじさんが、バスの中で汗をかきかき少女マンガ?を読んでいたり、コンビニで大量の食品を買い込んでレジ待ちの行列をスタックさせたりしているのを見た。

むろん、朝から隅田川沿いを散歩している時の私だって、Tシャツ姿のおじさんのひとりである。サンダルは履かないけど。

昼はポークソテー。

夕刻、錦糸町へは時間がなくてバスで移動。

所用を終えてオリナスのスタバで休憩。

アイスコーヒーはいつもならトールサイズにするところ、グランデを頼んでしまったせいだろうか、トレイをテーブルの上に置こうとしてバランスを崩してしまい、アイスコーヒーをプラスチックカップごと椅子の上にひっくり返してしまった。

実に恥ずかしい。大きいサイズのコーヒーを頼んで長居しようという下心が裏目に出てしまった。

幸い、他のお客さんにはコーヒーは掛からなかったようで何より。

こぼれたコーヒーを店員さんが片付けてくれるのを見ながら、内心期待していたのは、さて、こんな時、代わりのアイスコーヒーはもらえるのかな?

程なく店員さんが代わりを持ってきてくれました。グランデではなくトールでしたけど。

恥ずかしいと言いつつ、それから小一時間はお店にいました。

帰宅後、タイミングを逸して夜の散歩はパス。7,224歩。

情念

朝の散歩に。いつもより早起きできたぞと勇んで家を出たら、ビール会社の物流倉庫はもうこの時間から稼働してるし、川沿いに出ている人も多い。世の中は想像以上に早起きのようです。

まずは今戸神社に行ってみましょうか。月曜日の夜はテレビの中継で境内に入れなかったし。

ちょうどラジオ体操の時間で、わらわらと人が集まっていた。そうか、コロナ禍で子供向けの夏のラジオ体操は休止でも、おじさんおばさんたちは関係なくやってるんだな。

今戸神社は縁結びのご利益があるらしい。絵馬に書かれた願い事からは、現代の恋愛観、結婚観が窺えるようだ。この場所には絵馬の形を借りた無数の情念が集まっている。

吉原まで足を伸ばした。ここもまた情念が積み重なった土地である。

諸々の所用を終えて、夜の散歩に。月曜の夜に外を歩いた時は、ずいぶん涼しくなったと思ったけれど、今夜の空気はねっとりとして、また夏に戻ったよう。

白鬚橋から汐入公園に入って、鉄橋が見えるあたりまで行ってみた。団地の中を地下鉄の車両基地と隅田川駅を横目に歩いて、航空高専の脇を通って汐入公園に戻ってきた。

さらに川沿いの道を下って、夜の今戸神社に。

浅草警察署の前の通りに入って、いつもの銭湯に行った。

今日は朝晩と調子に乗ってずいぶん歩いた。28,094歩。

塩と油

洗濯機を回して、ゴミを袋に詰める。

冷蔵庫に入っていたズッキーニを輪切りにしてレンジにかけ、フライパンで焼き目をつけて、ざく切りのトマト、缶詰のツナと合わせる。

こんな時、以前は惰性で市販のマヨネーズやドレッシングだったけど、最近は塩とオリーブ油でいけるじゃない?という気分。そうなると塩と油はなるべくいいものを求めたくなるが、あまり凝り過ぎないように。

洗濯物を干して外出。ゴミ出し。

昼は、初めての店に行ってみたら満席。中華気分になっていたのに。待つ気はないので魚の店に。金目(かねめではない)にする。

夕方、錦糸町まで歩く。少し時間があるので久し振りの喫茶店に入ろうと思ったら、開いてなかった。定休日じゃないと思うけど、夏休みかな。結局、無難なところでオリナスのスタバに。

所用を済ませて帰宅。なかなか思うようにいかない。肩の力を抜いていいのに、自分で難しくしている。あるいは肩の力を抜くほうが難しいとも言える。夜の散歩はパス。9,859歩。

夏祭り

昨夜お酒を過ごしたせいで寝起きがだるい。よって朝の散歩はパス。巣ごもりの日は、先に少し体を動いておいたほうが後から楽だということが分かる。

夕方になって外出。思い立って、出先から電車に乗らず歩いて帰ることにした。途中からいつもの散歩道に入る。いつの間にか、ずいぶん歩きやすい気候になった。

銭湯に寄って、湯上がりに脱衣場のテレビを見るでもなく見ていたら、知らない歌手がジッタリンジンの「夏祭り」を歌っている。というか、その歌手がいたバンドがこの曲をカバーしてヒットさせていたことを知らなかった。

画面には今戸神社からの中継と出ている。見覚えのある独特の形の絵馬が映っている。今戸神社なら帰り道の途中だ。とりあえず行ってみようかな。今から歩いて向かったのではとっくに中継は終わっているだろうけど。

夜道をぶらぶらと歩いて、今戸神社に着いた。神社の裏門も表門も、警備の人が二人ずつ立って、人を入れないようにきっちり見張っていた。こういうのを水も漏らさぬというのかな。ちょうど車が1台出ていくのと行き違ったのは、あれにさっきの歌手が乗っていたのだろうか。他にもマイクロバスやそれらしい関係車両が何台か停まっている。

しかしまあ、数分間の歌を中継するのに、普段は物静かなこの界隈に、大人数が寄ってたかって、大層なことだと思う。一方で、YouTubeだのTikTokだのを使って、素人がスマホ1台で映像を配信しているのだから、この物量と動員の違いが可笑しくもある。

表示は11,664歩だが、家の近くまで来たところで電池切れ。実際はプラス二、三百歩か。

天動説

昨日の所用の疲れで(ということにしておく)、午前中は怠惰に過ごす。といって午後から精力的になる気も起こらず、次の予定までの中途半端な時間は、久し振りのニューウイングに。

ボナサウナに入ると程なく汗が吹き出てくる。相変わらずいい具合なのだが、24時間テレビを見る気分じゃなかった。サウナ室内のテレビで流すのはスポーツ中継などが無難でよろしい。さらに言えば私はサウナ室でのテレビは不要派。水風呂がぬるいのはニューウイングにしては珍しいことだが、そのせいか、いつにも増してカルキ臭が気になる。 コロナ対応ということで、バスタオルはひとり一枚になっていた。以前はバスタオルもハンドタオルも使い放題だったが、まあ、これについては特段の不都合はない。

ニューウイングを出て、錦糸町から住吉乗り換えで、森下へ。開座のアトリエ公演に。

今年二回目の出演となる黒田百合さんの踊りが目当て。「米原醒井」と題された公演名の意味はよく分からないけど、滋賀県の米原に醒井という宿場町があって、清冽な湧水で古くから知られた場所ということは、調べて初めて知った。

古い蛍光灯のスイッチを入れたみたいにアトリエの隅が白くちかちかと光った。まるで夏の日の夕立のようだ。どこか田舎の家の薄暗がりの部屋に稲光りが射し込むようである。その部屋の奥に百合さんが腰を下ろしている。

百合さんの立ち姿が美しい。踊りの中にも異なる原理があると思う。百合さんの踊りはひとコマずつのスチルを重ねることで動きを構成するようで、だから動きを止めても美しい。片や、岡庭さんの踊りは細かな震動の連続が動きとなるようで、動きは常に止まることがない。むろんいずれも私の手前勝手な見方。

部屋の中に光の輪が現れた。まるで、稲光りが空に走ったまま時間が止まったようである。そんな致死的な電光の結界と戯れるように百合さんが踊っている。

そのうち、この状況は天動説の図式を表しているのではないかと思い出した。百合さんの周りを太陽が光の軌跡を残しながら公転している。が、そのうちに軌跡は消え、百合さんは天上の太陽を仰ぐように踊り、つまり天動説から地動説へ図式が変わったと思ったら、最後は田舎の薄暗い部屋に戻っていた。すべては夕立の間の午睡の夢だったようだ。

公演の後はずいぶんお酒を過ごした。7,711歩。

かぼちゃ

洗濯機を回している間に空き缶と段ボール少々を出し、戻って洗濯物を干す。靴下が片一方足りない。

所用で外出。土曜だけどたまにはこういう日もあるという種類の所用。

所用を終えて駅前を歩いていたら、雲間に東の空が光るのが見えた。稲光りの瞬間を撮るのは難しい。

今夜は雨が降りそう。帰宅してベランダの洗濯物を取り込んでいたら、階下にいる宅配便の配達の人から声がかかった。さっき携帯に電話をくれた人だろう。

私はもういい年だし、したがって私の母親もいい年だと思うけれど、今でも毎週のように田舎から荷物を送ってくる。荷物の中身は家の畑で採れた野菜が多いが、今年は長梅雨のせいで、あまり収穫が良くなかったようで、家の野菜が足りない分、わざわざ実家近くのスーパーで野菜を買い足して送ってくる。物流コストや環境負荷を考えるといかがなものかと思うが、そもそもそういう問題ではないのでしょう。だから私も何も言わない。問題は、明らかに日持ちしないものが入っている場合です。

長年の習慣で、田舎から荷物が届くのは、毎週土曜日の午前中ということになっている。ところが、今日は所用のため午前中に荷物を受け取ることができないのに、それを伝えるのを忘れていた。だから、荷物の受け取り時間を同日の夜間に変更しておいた。

宅配便の人から配達前に電話があったのは、荷物の箱が濡れているという連絡で、その原因はともかく、どうせ大したものは入っていないのだろうから、気にせずそのまま配達するようお願いした。

箱濡れの原因は、田舎のスーパーで買った4分の1切りのかぼちゃが悪くなって、中央の種の部分から液状化しつつあるのだった。多分前日の夕方に梱包したのだろうけど、猛暑の中では一日でこんなにダメになってしまうんだな。これは私にとっても発見だった。真夏にカットかぼちゃを送ってはいけない。

荷物を受け取って、適当に飯を食ったら眠くなった。雨も降ったみたいだし、面倒くさくなって、このまま在宅。6,821歩。