ハマトリ最終日の堀尾貞治さんのパフォーマンスの際に観客に配布されたチョーク。
堀尾さんがナカニワいっぱいにバケツの水で「ありがとう」と書き、流れた水の輪郭を観客みんなでチョークを持ってなぞるというもの。私もなぞらせていただきました。そのかけら。
アン・ハミルトンの作品「ライン」で実際にクライマーが使用していたロープの一部。
最終日のパフォーマンスを見ていたら、スタッフの人が売りにきたので思わず買ってしまった。1本300円。前日まで使っていた本物だっていうけど、まあ、信じるしかないか。
ロープに巻いてある紙は、この作品のためのスケッチの複製だとか。
ミゲル・カルデロンの作品「ロダン」に使われていたトイレットペーパー「ロダン」(本物)
先日のZAIMでのトリエンナーレ作戦会議Vで配っていたのでもらってきた。
って、これも本当に本物なのかなあ。信じるしかないけど。
シュテファン・バルケンホール展のメモ
彩色されたレリーフは、だまし絵のようにも見える。
どこからどこまでが平面で、どこからどこまでが立体か。その見極め、切り分けが分からなくなり、慌てて近づいて確かめる。
わずか数センチの板の上に現れる薄っぺらな現実だが、われわれの生きているこの現実も、あるいはそういうものかと思う。
すべてが舞台装置、大道具のようなものかも知れない。
ZAIMから
トリエンナーレ作戦会議Vのメモ
川俣氏、トリエンナーレはなぜ同じ日にやらないのか(同時期に開催しないのか)と提起。世界一周トリエンナーレ、ビエンナーレツアー。
山下埠頭から
有楽町から
李禹煥展の余白
白いキャンバスは自明のものとして与えられているのか。これは一種のレディメイドではないかと思う。画材店でキャンバスを買ってきて、それをそのまま美術作品として展示したっていいだろう。それなら、作家のひと筆はモナリザの髭?
キャンバスに白く地塗りを施す人(機械?)と作家との距離は?あるいは、これは一種の注文芸術?
「池田龍雄と語る夕べ」のメモ
銀座のギャラリー58に美術家の池田龍雄さんのお話を聞きに行ってきた。
「池田龍雄と語る夕べ」と題した月1回の連続講演の企画、今回をもって最後とのことだが、私は今回が始めて。今回のテーマは「戦前と戦後・瀧口修造の位置」。
美術史家の小沢節子氏との対談形式で行われた。
いやな符合
ICCのPossible Futures展に行ってきた。
てゆうか、実際にはまだ展示の半分も見ていない。
いやいや。なんだかこの週末はぐったりと疲れて鬱々とした気分で。
まあ天気も悪かったですけど。
それでも、この日はせっかくキュレーターの解説があるというので、おんなじ入場料を払うんなら、タダでそういう話を聞けるほうがいいだろというセコイ私は、いそいそと初台まで出かけていった次第なのですよ。
思っていたより熱い人
毎日まいにち、夜になったと思ったらまた朝が来て。
日が短くなったせいもあるんだろうけど、時間の経つのがやけに早く感じられますなあ。
有楽町のフジテレビギャラリーで、恒例のオマージュ瀧口修造展をやっているというので見に出かけた。
恒例って言いつつ、前回の展示を見逃していることに会場に着いて気づく。タケミヤ画廊特集だったのかー。瀧口マニア的にはショック。2ちゃん的にいうとorz。
まあ、こちらも毎月美術手帖とか買ってあれこれチェックするほどの気力体力はないですからねえ。しかしオマージュ瀧口展は別だ。
S/Nの余白
東京都写真美術館で、ダムタイプの「S/N」の上映があるというので見に行った。
ここだけの話、18時半からの最終回に間に合わせるのは大変でしたよ。はい。こっちはまっとうなサラリーマンなんですから。
世評高いダムタイプ、しかも「S/N」なのだが、生のパフォーマンスはもちろんのこと、映像を見るのも今回が初めて。そういや、何かインスタレーション作品は、前にICCで見たことあったか・・・。
正直なところ、まあ、あんまり知らないんですよね。名前くらいしか。