2011年9月30日のこころのまとめ

  • 何年か前、国立演芸場の桂文我さんの会に小沢昭一さんが出るのを見に行ったとき、文我さんが客席の桂小金治さんを紹介するのを見て、まだ健在なんだと驚いた。その次の年くらいから文我さんの会に小金治さんが出るようになったのかな。申し訳ないけど文我さんの会は小沢さんの出る回しか行けてない。 #
  • 今日小沢昭一さんは、寄席に行って自分と同じところで笑った人を人生の伴侶にするといいと言っていたね。しかし気になる女性を寄席に連れていく時点でハードルが高いな。 #

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2011年9月28日のこころのまとめ

  • 「たとえ桃の種子の核のごときものが絵の中心に晴ればれと描かれてあるとしても、この人生において、星よりも純粋な、あの究極の点から、あなたの清らかな眼を一刻でも外らすなどということはありえないではないか。」『余白に書く』から抜粋 #
  • 「家電のように解り合えない」見た。総合のリングで異種格闘技戦を見るような、あるいは試合の間のエキジビションでスパーリングを見せるような、でもそのうちに本気になってきてゴング鳴らしちゃうような。そういう興行はえてして好意的な客あるいはマニアが集まるものでしょうが、それも承知の上で。 #
  • 「家電」。総合のリングでレスラーがプロレス技を出すのを見るようなスリル感はあったね。同じ技を出しても意味が違うわけですよ。あるいはレスラーが空手の道場に通うような。逆にいえば、プロレスのリングに空手家が上がるような。いかん、どうしても格闘技の比喩になってしまう。 #

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2011年9月25日のこころのまとめ

  • 男性特有のホモソーシャルな集団は苦手だ。といって、女性ばかりの集団は一見居心地はいいが、甘えると手酷いしっぺ返しを食らう。結果、ひとりが一番いいということになる。 #
  • 簡単に他人とつるまない女がいいんだけどな。でもそういう女はなかなかいない。男性ばかりの集団にひとりでするりと入るのが女で、それを易々と受け入れるのが男。その逆はないんじゃない。 #
  • イケムラレイコの絵を見ていて、そうか女性も孤独というものを感じることがあるのかと思った。それは少女の一時期、うつ伏せに身体を地面に横たえる時。いずれ身体を半身起こして男の視線を受けるようになるだろう。それまでのひと時、少女は黒くて甘い孤独の淵に沈みこむ。 #
  • 妻夫木聡って名前に夫婦って字が入ってるだけで気に入らないんだよなあ。理由のない反感。 #
  • MOMATの常設に神原泰の小展示があって興味深く見た。未来派風の詩作と絵画を並べてある。「あるペシミストの手記」という連作絵画は1923年の制作というけど関東大震災前?後?神原しかり、MAVOとか築地小劇場とか、大震災前後に前衛の大きな動きがあった。今回の震災に見立てるとどうか。 #
  • やなぎみわさんは今度の「1924 海戦」という演劇プロジェクトで築地小劇場を取り上げるそうだ。確かに築地小劇場が関東大震災からわずか9カ月程で旗揚げ公演に至ったのは驚くべきことだが、偶然なのかどうなのか、この時期に日本で前衛芸術が開花する土壌が形成されていたということなのか? #
  • 朗読というのは難しいものだと改めて思いました。村山知義のテクストをあれだけ読みづらそうにつっかえつっかえ読んでいた出演者が、次のパートの築地小劇場の旗揚げ公演の台詞読みになると、水を得た魚みたいに生き生きと読みはじめるんだから。日常使わない固有名詞とか専門用語も多かったけどね。。 #
  • とはいえ、林芙美子の朗読はこなしていたから、読みやすい文章とそうじゃないものの違いは明らかにあるとして、出演者は演劇畑の人だと思うけど、演劇的に読むのが必ずしも上手い朗読とは思わない。むしろやなぎさんの朗読はしっかりしていた。F/T「なにもない空間からの朗読会『1924前夜』」 #
  • 演劇的なリアリズムとは別に、上手いと感じる朗読がある。これは何だろう。朗読というのは演劇なんだろうか。はるか学生の頃、頭の隅に引っかかった疑問がここで再び浮かび上がってくるとは。 #

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2011年9月24日のこころのまとめ

  • 一年後のhirakingから手紙がきた。 「彼女ができました!」 http://t.co/7dZwguc4 おめでとう。 #
  • 一年後の自分に見つからないように早く引っ越すべきだろうね。 #
  • 10年以上前に自分が書いていた日記ともエッセイともつかない文章を読み返していた。実に変わっていない。まるで人間に変化だの成長だのというものがないみたいに。おそらくその間、自分を大きく変える他者との出会いがなかったということなのだろう。自分が一本の線上にいるということは分かった。 #
  • シュルレアリスムのなかにはアリスが住む。このことは誰か言ったことはあるのかな。これもまた10年余前の書き残しの中から見つけた。 #
  • しかし10年余前は誰のことを思ってこんなことを書いていたのかな #
  • 隣の席に座った青年が取り出した携帯電話の液晶画面のガラスは大きく割れて、幾条もの罅が複雑に走っているのだった。口に出さず「小ガラス」と洒落てみたところ、ぼくは少し撃たれたような気持ちになって、その小さな箱が照応している何ものかを反芻しないではいられなかった。 #
  • 池袋から http://t.co/G9sy6U5a #

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2011年9月21日のこころのまとめ

  • 朝だ。さあ今日はナマ小沢昭一。おひさしぶりの噺の扉。ぐっと目が覚めてきたぞ。台風は大丈夫かな? #
  • 台風が来るからみんな早く帰れ!ってことになっちゃったよ。 #
  • どーなるのよ今夜の噺の扉。さっきから小朝さんのサイトリロードしまくり。 http://t.co/kuL7AjrC #
  • 中止出た!小沢さーん!来週の日本橋落語会のこころまで~ http://t.co/WmsqXcgl #
  • この大嵐の中、リヤカーひいてラッパ吹いて歩いてる豆腐屋がいるぜ。 #
  • 今日は台風が来るからって午後早く一斉に「退社勧告」が出たんですが、なんか「退社勧告」って聞くと、お前は不祥事を起こしたから退社勧告じゃ!みたいな感じがして、日頃行いのよからぬ私なぞは首のまわりがゾクッときたもんでした。 #
  • なんか急に寿司食いたくなった #
  • 身体だけ先にオヤジになって、心はガキのままということを痛烈に思い知らされる夜だ、今夜は。月と専制君主を聞く。 #
  • 植島啓司の言うことを真に受けたばっかりに最悪! #
  • 自分のためのリバティ・パスポートをつくりたい…。 #

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2011年9月20日のこころのまとめ

  • 朝だ。おはよう。今日は今福龍太さんと吉増剛造さんのトーク・イベントに行くつもり。それまで元気が持ちますように。 #
  • 第4回したまちコメディ映画祭 in 台東のクロージングセレモニー。 http://t.co/XrwXFHMp #
  • したコメの総合プロデューサー(略して総プ)のいとうせいこう氏。80年代から今の今まで現役で若いやつらと張り合ってる。しかもオヤジ扱いも上手い。昨日のライブを見て改めて讃嘆。おれもおじさんぶっていられない。もう自分の年は忘れることにする。 #
  • 3331でのLLLineの展示を見て、宛先を想定しない手紙というのはどこか限界があるんじゃないかと思った。特定の誰かを思って書くのが手紙たるところではないかと。宛先のない手紙というのもないではないけれど(例えば空瓶に入れて流す手紙)、それは出す側にかなりの想像力を必要とする。 #
  • 昔やったみたいに、手製のデカルコマニーを知り合いに送りつけてやろうかと思った。が、ここで困ったのは、最近知り合った若い知友たちは、メールアドレスやSNSのアカウントは知っていても住所は知らないという人が多いのだ。宛先のない手紙というのが別のリアリティーをもって浮かんできた。 #
  • 「リアリティー」で検索すると、ハプニングバーの店名が最初に出てくるのはどうにかならんのか。 #
  • 誰か知り合いの住所を借りといてその人から届けてもらうというのはどう?何なら私が RT @sashimi_10 港村で開発さんが未来の自分にだす郵便局やってますね。ちょっと咲きの未来自分がどこに住んでるかわからないから出す気が今一つと“@hiraking: 3331でのLLLine #
  • 宛先人の住所を知らない手紙をどうやって届けるか。宛先人を知っている人にお願いして届けてもらう。宛先人が立ち寄りそうな場所にことづけて渡してもらう。宛先人が来そうな場所に出向いて直接手渡す。 #
  • 郵便制度を前提としない手紙というのを考えてみよう。 #

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