2011年9月11日のこころのまとめ

  • 1989年に富山近美で「映像の今日」という企画展があって、当時高3だったぼくはふらりと出掛けたのだが、多分土曜の午後だったと思う、ちょうどライブ・パフォーマンスをしていて、館内と総曲輪通りのどこかを結んで、映像と生のパフォーマンスを重ねた視覚体験に、驚愕し、強く心を打たれた。 #
  • 映像と現実がある距離を内包しながらリアルタイムで重なり、浸食しあう視覚体験が自分の現実感を変容させるということを、その時初めて実感し、興奮した。ぼくにとって決定的な芸術体験だった。昨日の吉増剛造さんと石田尚志さんのパフォーマンスを見て、その時の感覚が20余年振りに蘇った。 #
  • 今週と来週の「米朝よもやま噺」は、7月31日紀伊国屋ホールでの東京やなぎ句会の座談会の録音放送で嬉しい。 #
  • シティボーイズミックスの会場を新国立劇場と思い違いしていて慌てて初台から三軒茶屋に移動なう。おじさんは頭が固いんだから、会場を変えるのはやめてくれないかな。 #
  • 正直ここ10年程は惰性かもだが、シティボーイズと一緒に年を取ってる感じだな。惰性で年を取ってる。しかし、冒頭のスケッチで役名じゃなく「大竹」「斉木」と呼び合ったり、最後の荒川良々氏の叫び声もそうだが、シティボーイズがas themselvesで登場したのは意外な趣向だった。 #
  • 辺見えみりといういわゆる芸能人が客演しているせいか、普通の商業演劇というかストレートプレイを見ているように錯覚する、のは必ずしも錯覚ではなく、終演後の挨拶で、斉木さんが、二十歳頃やっていた芝居の感覚を思い出した、新劇みたいだ、と言っていた、その言葉のまま受け取っていいのだろう。 #

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