したコメ クロージングセレモニー

P9194375 by yhiraki
P9194375, a photo by yhiraki on Flickr.

第4回したまちコメディ映画祭 in 台東のクロージングセレモニー。
いとうさんがブログやツイッターで宣伝してくれるのなら写真撮っていいよ!と言うので遠慮なく撮らせていただきました。
ということで宣伝!

2011年9月18日のこころのまとめ

  • しかしTwitterとかFacebookを見ていると、みんな常識的で穏当なことを書いているなあ。本当にみんな、そんな大人なのかな。正直信じられない。心が揺れ動いたり、気持ちが昂ったりすることはないのかな。仮にそうだとしても、表情は崩さないということなのかな。 #
  • うっせえな #
  • もう10年以上前か、自分でもデカルコマニーの制作を試みたことがあった。要は年賀状の図案に困って、そんなに枚数が多いわけじゃなし、全部に手製のデカルコマニーをつけてやろうと思ったのだ。それなりに上手くできたものもあったと思うが、当然ながら宛先に送りつけてしまって、手許にはない。 #
  • その時何十枚作ったか忘れたが、年末、部屋に籠ってひとり黙々と転写と未知のイメージの現出を繰り返していると、仕舞いには何か狂気に近い領域までたどりつけそうな気がしたものだった。ふと、あの時使った絵具や筆はどこにやっただろうかと思う。 #

Powered by Twitter Tools

2011年9月17日のこころのまとめ

  • 自分の住む町の川むこうにあるタワーマンションに住む金持ちそうだが可愛い女の子とデートする夢。同じタワーマンションに学生時代の旧友が住んでいるのに偶然出くわしてバツが悪い(あくまでフィクションです)。 #
  • ちなみにそのデートの中身は近所の一人暮らしのおじいさんの部屋の片づけを二人で手伝うといったことなど。古びた薬の包みがたくさんあるのを棚の上の引き出しにしまう。薬局かと思うくらい薬がたくさんある。あんな高いところに入れておじいさん一人で取れるのかな。 #
  • 鍋の中のカレーの風景が一変していた。 #
  • したコメ「歌うエノケン捕物帖」二枚目で美声の若き藤山一郎はモダンなちょんまげミュージカルにはまるね。晩年の紅白歌合戦程度しか知らないので、「国民的歌手」というのがピンとこなかったものだが、なるほどこういう一面があったのだと認識。 #
  • しかしエノケンと笠置シヅ子の共演がこんなにいいとは。むしろエノケンが笠置に食われてる感もあり。お染久松を作り替える物語の豊かさ。反芻していたら間違えてひと駅前で降りちゃったよ! #
  • しかし日本の芸能史だよね。エノケンのスウィング、笠置のブギ、苛烈な戦争を挟んでいるはずなのに、スクリーンで歌う二人の姿からは断絶というより連続を感じる。戦争の記憶さえ巧みに取り込んでいる。このしたたかさは評価が分かれるかも知れないが、ジャズへの志向はぶれていない。 #
  • 幕間に流れた笠置シヅ子の動く「ラッパと娘」「買物ブギー」「ジャングル・ブギー」どれもスゴイ。せいこうさん曰く、マドンナ入ってる、あるいは笠置・ガガ。美空ひばりのジャングル・ブギーの違法?カバー「私は子供だ~」に脱力笑。エノケン、笠置、美空と繋がる系譜。むろん服部良一の凄さ。 #
  • 笠置シヅ子の出演映画って多分初めて見たけど、劇中の台詞は大阪弁なんだね。江戸っ子のエノケンと夫婦役なのはオカシイっていえばオカシイけど。買物ブギーの映像はモダンで粋。今のステレオタイプなベタな大阪イメージとは違う大阪イメージがありえたのかも知れないと思ったり。 #
  • しかしジャングル・ブギーはスカパラ版が懐かしいな #
  • ぼくは中学の頃に1通、高校の頃に1通、ラブレターを出している。むろん手紙にしたためて、切手を貼って投函して。それ以降はどうだったか…。大学の時も手紙を出したか、いや、あれは電話で喋ったんだったかな。後になると携帯やメールの時代になって、手紙自体を出さなくなったということはある。 #
  • 先日、ある年長の人と話していて、ラブレターの話題を切り出したところ、ラブレターなど出したことはない、と言う。世代の問題じゃないんだな。ぼくにとって便箋を前に頭をしぼる深夜は実に濃密な時間だった。そんな時間を過ごしたことがないというのもつまらないことだと思った。 #
  • いろんな手紙があるけれど、やはりラブレターにまさる濃密な手紙体験というのはそうはないだろうと思う。相手を思いしたためるところから始まって、翌朝投函する瞬間、そして教室でその子を見る時、自宅の郵便受けが気になってたまらない数日…。それが全部手紙ってものを介して繋がるんだ。 #
  • 今夜はどうしてこんなことを書いているのか、多少感傷的になっているのを許してほしい。 #
  • 自分自身のことに悩み、あがき、心乱されるばかりで、よそさまの心配をする余裕がない。地震のせいにしては恐縮だが、この半年位でその傾向がいっそう強くなった。震災以降、地域や防災というテーマに関心が持てなくなったのは私のそうした心境による。 #
  • しかし自分がそんなに気の多い男に見られているかと思うとショックだったね。もともと惚れやすいのは確かだと思うけど、その思いはまず受け入れられないのだから、気持ちを入れ換えて次に向かうしかないではありませんか。もし自分の思いを受け入れてくれるのなら、ぼくは必ず突き通しますよ。 #
  • ある意味こうやって一生生きていけたらいいな。それはそれで豊かな人生だ。 #
  • 細長い版型の「余白に書く」を手にしてようやく少し気が落ち着く。そう、この詩人こそそうやって一生生きた人だよ。そうした思いのない芸術は全部ニセモノだよ。 http://t.co/EYAD3nnu #
  • ぼくは成長とか成熟とかいったことを信じないんだ。目の前で起こる事態をさも慣れた手つきで分別して涼しい顔でいるなんてありえない。毎回が遠い天体から届いた未知の物体を取り扱うようなもの。取り扱い方法の見当もつかず、逡巡したあげくおそるおそる手を伸ばす。あなたとの出会いも同じ。 #

Powered by Twitter Tools

2011年9月16日のこころのまとめ

  • ヤフーのトップページに「北杜夫」の3文字を見ると一瞬ドキッとするね。いい話でよかった。 #
  • ふとしたことで自分の体温が思いのほか低いことに気づく。これは何かの比喩ではなく実際に体温計で計ったら36度ないのですよ。積年の肩こりや頭痛がちなことも、この低体温のせいだったのだろうか。にわかに体質改善したくてたまらない。 #
  • 女性なら自分の体温を定期的に計る人も多いのですかね?私は調子が悪い時に会社の診療所で計る程度で、今回たまたま診療所が閉まっていたから、近所のドラッグストアで体温計を買って帰ったのだけど、どんなに熱が出ているかと思ったら、高熱どころか予想外の低さに拍子抜けした。 #

Powered by Twitter Tools

2011年9月13日のこころのまとめ

  • 脱原発もいいが、それだけが大事なことじゃない。何より言いたいのは、あたりまえに、平和に生きたいということ。この写真のプラカードの人に心からの賛意を捧げる。 on Twitpic: http://t.co/xo8C7is via @AddThis #
  • 女というのは男が欲情する記号だ。それがうらやましい。 #
  • 自分がどんどんダメになっていくのがわかる。その感覚も悪くない。 #
  • 若く有為な皆さんは、自分の能力が日々拡張されていくことに驚きとともに喜びを感じていることだろうと思う。それはすばらしいことだ。一方、最近のぼくは逆なんだ。自分がこんなにもダメになれるということに、驚きとともにある種の痛快さを感じている。 #

Powered by Twitter Tools

2011年9月12日のこころのまとめ

  • 確かに3人は老人化していたな。でも仕方ないよおれもおじさん化してるんだもの。3人があのまま80までやったら晩年の志ん生さんみたいな味が出てくるんじゃないか。最後の場面の3人の佇まいはそれを予感させた。斉木さんも80になったら舞台に紫の座布団敷いて3人で喋りたいって言ってたしな。 #
  • おわー、いい月だねえ。 #
  • Was it September, moon of sapphire dreams?
    Could you imagine, oh how badly I needed you. #
  • 現実の社会に疎外感を覚えた結果、芸術の中に居場所を見つけたと思ったら、そこでも疎外されて、今度は「詩」という世界を見つけたという感じだな。でもそれでいいのだろうか。またその中で同じことを繰り返すだけではないのか。それとも深く凝縮して、いずれ破裂するときがくるのだろうか。 #
  • 前に大浦信行さんが書いていた、「自己の深い闇の中に降りていって、自己完結した沈黙の爆死を行う」というのはそういうことなのかも知れないな。もしアートなるものが社会に何か傷痕を残せるとすれば、その自爆テロの際の爆風によるものなのかも知れないな。 #
  • 一部の若者の間でルームシェアが流行っていると聞いて、思い出したのは椎名誠さんの一派が若い頃小岩のアパートで共同生活をしていたという話だ。一方、昔読んだインタビューで、椎名さんは、当時の自分たちにホモセクシャルという概念があったら耐えきれなかっただろうという趣旨のことを言っていた。 #
  • 今、ルームシェアを実践している若者たちは、そのあたりの問題をどのように片付けているのだろうか。 #
  • 高野さんのSeptember Dreamsの歌詞に出てくるmoon of sapphire dreamsというのはどういう月なんだろうと思いながら聞いておりまする。 RT @takano_hiroshi: いい月の夜だね。 #
  • そうか、流行ってるのはルームシェアじゃなくてシェアハウスか。どう違うんだろう?おじさんにはよくわからん。 #

Powered by Twitter Tools

2011年9月11日のこころのまとめ

  • 1989年に富山近美で「映像の今日」という企画展があって、当時高3だったぼくはふらりと出掛けたのだが、多分土曜の午後だったと思う、ちょうどライブ・パフォーマンスをしていて、館内と総曲輪通りのどこかを結んで、映像と生のパフォーマンスを重ねた視覚体験に、驚愕し、強く心を打たれた。 #
  • 映像と現実がある距離を内包しながらリアルタイムで重なり、浸食しあう視覚体験が自分の現実感を変容させるということを、その時初めて実感し、興奮した。ぼくにとって決定的な芸術体験だった。昨日の吉増剛造さんと石田尚志さんのパフォーマンスを見て、その時の感覚が20余年振りに蘇った。 #
  • 今週と来週の「米朝よもやま噺」は、7月31日紀伊国屋ホールでの東京やなぎ句会の座談会の録音放送で嬉しい。 #
  • シティボーイズミックスの会場を新国立劇場と思い違いしていて慌てて初台から三軒茶屋に移動なう。おじさんは頭が固いんだから、会場を変えるのはやめてくれないかな。 #
  • 正直ここ10年程は惰性かもだが、シティボーイズと一緒に年を取ってる感じだな。惰性で年を取ってる。しかし、冒頭のスケッチで役名じゃなく「大竹」「斉木」と呼び合ったり、最後の荒川良々氏の叫び声もそうだが、シティボーイズがas themselvesで登場したのは意外な趣向だった。 #
  • 辺見えみりといういわゆる芸能人が客演しているせいか、普通の商業演劇というかストレートプレイを見ているように錯覚する、のは必ずしも錯覚ではなく、終演後の挨拶で、斉木さんが、二十歳頃やっていた芝居の感覚を思い出した、新劇みたいだ、と言っていた、その言葉のまま受け取っていいのだろう。 #

Powered by Twitter Tools