2011年8月14日のこころのまとめ

  • 特急電車の座席の向こうで幼い子の手がひらひらと動くのが覗く。津波から生還した人は、水の中に呑まれていく人の手のひらが流れに煽られるさまが目の底に残っていると、先日のgozoCineの鼎談での小林氏。その時詩人は信濃町のホームで激しく手を振る島尾ミホさんの手のひらを思い出していた。 #
  • 電車の振動のせいかキセキファンクションのせいか、詩人の捧げ持つ宝貝は水気を含んでぶるぶると震える臓物のように見える。子宮→新宮という連想が働く。そして男女二体のなぎ人形を執拗に触れる宝貝。これはエロティックな映像だ。まるで詩人の内臓が露出して触角となり、人形を愛撫しているようだ。 #
  • 島尾ミホさんの俤を追って奄美に航った詩人は、鮮烈に赤いブーゲンビリアの花蕊にカメラのレンズを何度もこすりつけて、「さあ、マリリアさん、これが恋の手本だぜ、恋の手本だぜ」と(マリリアさんは詩人の伴侶)。参った。おれも70になってあんなふうに恋の手本を示したいものだぜ! #
  • 今年は蝉が啼かないと言っていたのは何だったのでしょう。開けっ放しの部屋の窓からこれでもかと蝉の声が聞こえてきます。とはいえ今年の初夏は声なき蝉(CICALA-MVTA)の歌をずいぶん聞いたのも確かでした。蝉は口を噤み、声なき蝉が歌をうたう。あの蝉の話はそういうことだったのかな。 #

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