浅草の空

今年の夏は結局帰省しないことになった。お盆に実家にいない年は上京してから初めて。今週末はもともと帰省するつもりで、本当なら今日は墓参りの日だった。

浅草へ。八月中席の浅草演芸ホールといえば吉例の住吉踊りの興行だが、毎年どうしても帰省と重なってしまって、何年も前に一度見たきりだと思う。

住吉踊りのある昼の部は、朝8時から整理券を配布しているというので、早めに行こうと思っていたけど、家を出たのが8時になってしまった。浅草演芸ホールに着いて整理券を貰うと7番。聞くと、平日でもあり、そう混むわけでもなさそう。意気込んで早く来ることはなかったかも知れない。

ROX一階のドトールで時間潰し。程々のところで戻り、番号順に並ぶ。ご多分に漏れず検温と手指消毒後に入場。

浅草演芸ホール八月中席昼の部『吉例 納涼住吉踊り』
開口一番 古今亭まめ菊「酒の粕」
菊之丞門下の女性前座さん。ちなみに酒粕にはエタノールが8%程度残存している(Wikipedia情報)ので、この噺の与太郎さんのように酒粕を食べると酔ってしまうこともありそう。旨いのかな。
落語 柳家小もん「手紙無筆」
小里ん門下。小もんさんといえば、曳舟界隈では昨年一年間「向じま ぜんや」さんの「すみだ向島亭」に桃月庵こはくさんと共に出演していたことでお馴染み?夜学校出だから昼間は字が読めないというのは馬鹿馬鹿しくて好きだが、客席からはスルーされてた感。
落語 春風亭昇也「壺算」
昇太門下。あれ?と思われる方もいるでしょう。落語協会の定席番組に落語芸術協会の噺家さんが上がるのは、この住吉踊りの興行だけ。「壺算」は、スピード感でぐいぐいと押していく。おネエっぽい瀬戸物屋が「一円五十銭、お釣渡すの忘れました」でサゲ。聞いてるこちらも何となくそれで納得させられてしまう。
落語 三遊亭美るく「権助魚」
歌る多門下。大口を開けて笑う権助の品のなさと、悋気するおかみさんが見せる大人の艶の対比がいい。
漫才 笑組
落語 三遊亭ときん「夏どろ」
金時門下。ときんさんの「夏どろ」は、泥棒のお人好しぶりが際立つよう。
落語 古今亭志ん陽「のめる」
相手に「つまらねえ」と言わせるために策略を巡らすが、大根百本を漬ける醤油樽を探すのに「物置を探したら物置がねえんだよ」が馬鹿馬鹿しくていい。
ジャグリング ストレ-ト松浦
講談 宝井梅福「お竹如来」
落語 柳亭こみち「庭蟹」
出されたお題の言葉に当意即妙な洒落を返す名人が、洒落のまったくわからない旦那に呼ばれて洒落を披露することに。こみちさんは、この噺の洒落の名人役を「洒落のお清さん」という女性にアレンジしているようだ。
紙切り 林家二楽
まず「桃太郎」。客席から題を募って「馬風師匠」、やや若き日の?恰幅のいい馬風師の高座姿。「七福神」は宝船を横から。
落語 林家三平
自身の前座時代の志ん朝、先代小さんといった師匠方との逸話、昇太師や笑点の話等。
落語 古今亭菊生「熊の皮」
女房の尻に敷かれる男が、赤飯を分けてもらった礼を伝えるように言われて医者の藪井竹庵宅に出向く。
漫才 ロケット団
落語 三遊亭歌る多「初天神」
噺家さんが高座で脱いだ羽織を自分で畳むのを初めて見た。薄手の羽織を丁寧に畳まれる。
落語 入船亭扇遊「浮世床」
食い意地の張った半ちゃんが、芝居見物で同じ升席に座った年増の美女と…という夢の逢瀬。
ギタ-漫談 ぺぺ桜井
実に気持ちよさそうにギターを弾かれる。
落語 三遊亭圓王「目黒のさんま」
古くからの住吉踊りのメンバーだが肺の難病で闘病中、この席に合わせて退院されてきたのだとか。さんまの腹のあたりを黒く焼いたのを「圓楽焼」と当てこするのは、やはり同じ圓生一門の圓窓門下だからか。
落語 隅田川馬石「子ほめ」
桃月庵白酒師の代演。自身が表紙の「東京かわら版」8月号の宣伝をしていた。
マジック 花島皆子
日本の伝統奇術「和妻」を見せる。着物の袖のような形の袋の中から卵が現れるというものと、切り離したはずの和紙がひと繋がりになったり市松模様を描くというもの。和装での所作が目に美しい。
落語 春風亭一之輔「狸の札」
眼鏡をかけて高座に現れたので、あれ?と思った。いつもより客席がよく見える、などと言ってすぐに外されたが。眼鏡をかけたまま演じた昇也さんに触発された?
落語 鈴々舎馬風
コロナ禍でカラオケに行けないとぼやきながら、村田英雄「男の一生」、落語家が出したレコードあれこれ。極めつけは、美空ひばり没後31年ということで、ひばりメドレー31曲を歌唱。もちろんサビの部分だが、あれだけ淀みなく歌えるのだから大したもの。
漫才 すず風にゃん子・金魚
落語 林家木久扇
笑点の司会者列伝という趣。談志さんの物真似がちょっと似ていて新鮮。
落語 三遊亭圓歌「お父さんのハンディ」

落語 古今亭菊春「替り目」
「酒は百薬の長、命を削るかんな」。酔って帰ってきた男が女房におでんを買いに行かせ、女房への感謝をひとりごちて「お前まだ行かねえのか」まで。
浮世節 立花家橘之助
隅田川の花火の日は屋形船も川の上で場所取りをするので、午後1時頃に出船してから花火が上がる夜7時までの間、芸人が船に呼ばれて間をつないだという思い出話からの「両国風景」。三味線の早弾きにテンションが上がる。
落語 古今亭志ん彌「強情灸」
江戸言葉が実に耳に心地よい。強情で、直情で、見栄っ張り。口先から生まれてきたようで、さっぱりとして腹蔵のない、要するに江戸ッ子。特大の灸を腕にすえる場面では、熱さが伝わってくるようで、聞いているこちらまで、身体がむずむずしてくる。
大喜利 「納涼住吉踊り」
「伊勢音頭」「吃又」「奴さん」「お寺さん」「さつまさ」「供奴」「深川」「かっぽれ」
冒頭、住吉踊りの会の番頭役の三遊亭金八さんが舞台袖から説明。今年の住吉踊りでは密を避けるため、同時に舞台に上がるのは5人までと決められているそう。出演する芸人さんも、基本的にはその日の番組に出演している人から選んだとか。
例年であれば、浅草演芸ホールの舞台いっぱいに揃いの浴衣姿の芸人さんが並ぶはずのところ、その壮観を目にすることができないのは残念だが、この時世であればやむを得ない。
その代わりというか、個人技が光って見えたかも知れない。座長の志ん彌さんや菊春さんはもちろん、奇術の花島皆子さんの所作に目を奪われた。橘之助さんは言わずもがな。
舞台上に消毒液を置いて、踊りの途中にわざとらしく手を消毒したり、マスクにフェイスシールド姿で踊ったりと、コロナ禍をネタにすることも忘れずに。
昇也さんが、ときんさんに臆せず突っ込んでいた。もともと漫才をしていた人だというから、突っ込みはお手のものなのだ。
今日の番組に名前のない人では、桂やまとさんの姿を見た。
座長の志ん彌さんが音頭を取って、手締めで幕。

朝10時の開場から6時間半近くの長丁場で、見ているだけでもさすがに疲れた。お尻も痛い。

今日の出演者は、住吉踊りの興行ということもあってか、女性の芸人さんが目についた。落語家だと、前座も入れると、出番の順に、まめ菊、美るく、こみち、歌る多。色物では、宝井梅福、花島皆子、にゃん子・金魚、橘之助。いずれも敬称略。

演芸ホールの外に出ると雲行きが怪しい。ぽつりぽつりと大粒の雨が降り出したが、傘の持ち合わせがない。

ある意味好都合というか、至近の浅草ROXまつり湯に飛び込んだ。ここに来るのも久し振り。何年か前の人間ドックの後以来か。

中の様子はほぼ忘れていた。サウナはドライサウナで、温度は高いが、私としてはもう少し湿度があるほうが好み。水風呂は浅めで、辛うじて二人入れればいい大きさ。

浴室は広々として、お風呂の種類もいろいろある。水風呂に入っても決してお湯には浸からないというハードコアなサウナーでない限り、風呂のほうで楽しめそうだ。

露天風呂で外気浴ができるのはいい。六区の表通り側に開けていて、向かいのビルの屋上のフットサルコートを見下ろす形になる。視界の左には浅草寺の五重塔の先端(相輪というそうだ)が突き出し、正面にはスカイツリーを望む。

露天風呂に入っていたら、瞬間空が光り、続いて雷鳴が轟いた。黒い雲を切り裂くように、太い稲光りが空を走るのが目の奥に残った。

一旦上がって、もう一度露天風呂に出たら、さっきの雲は消えて、裏浅草のあたりから、駒形のほうまで、ちょうどスカイツリーを跨ぐような大きな虹が浅草の空に架かっていた。

結局この日は、終日浅草で過ごした。6,264歩。