空き缶を出す日。リンゴと柿を朝飯にする。荷物が早めに届いたので、午前のうちに出かける。と言っても、行先はサウナ。土曜日だが、さすがにこの時間は空いている、人気のない朝のサウナはいい、と思っていたら、サウナ室からどんどん人が出てきた。単にロウリュ中でサウナ室に人が集まっていただけだった。

GO TOナントカの類は未だによくわからない。安く旅行に行った、安く飯が食えた、という話をちらほら聞かないでもないのだけど、どうすれば適用されるのか、どこで申し込めばいいのか、等。このGO TOサウナは便乗企画でしょうが。

昼間からビール、ではなくオールフリー。氷なしでコップに注ぐと、ビールと見分けはつかないね。

夜は三軒茶屋へ。シアタートラムで、康本雅子さんの『全自動煩悩ずいずい図』を見る。ダンスの公演(歌舞伎舞踊は別にして)を見るのは、コロナ後初。

シアタートラムでの康本雅子さんの公演は、2012年に『絶交わる子、ポンッ』を見た。もう8年も経つのか。まだ震災が生々しい時期で、原発事故と結び付けて見たことを思い出す。私の見方なので、そういう制作意図だったのかは分からないけれど。

そして、今回の公演は、図らずもコロナ禍の中で行われることになった。まったくの新作ではなく、今年2月の京都での公演のリクリエーション版とのことだが、どうしても現下の状況に引きずられて見てしまう。

出演者は康本さんを含めて8人。もう少し前だったら、この形の公演は難しかったかも知れない。というのも、舞台上では8人が濃厚接触するから。おそらく、練習中や公演中は、関係者以外との接触を避けるよう律しているのだろう。

これも私の見方だが、この出演者たちを家族と見立てた。舞台上は疑似的な家庭ということになる。コロナ禍では家族間以外の濃厚接触は禁じられたが、それを逆に考えて、濃厚接触を行う者同士を家族と言うこともできるんじゃないか。

康本さん含め出演者たちは、ひとりを除いて、寝間着とも体操着とも見えるような衣装を身に着けていた。

コロナ禍ではスポーツも禁じられた。やはり濃厚接触を伴うから。寝間着を着て行われること(セックス)と、体操着を着て行われること(スポーツ)が重なる。

舞台に畳が敷かれていることに最初は気がつかなかった。照明の加減で途中から気づいた。

畳の上ではセックスも行われれば、スポーツも行われる。もちろん食事もする。

性と暴力を内包する関係性としての家族、そしてスポーツ。性や暴力は美名のもとに隠蔽され、時に露呈する。家族の中で関係が重なり、時に関係からはじき出される。そんなことを思いながら見ていた。

フェイスシールドが配られたけど、結局着けなかった(F列=事実上の最前列だけだろうか?)。終演は21時近くになった。大人しくそのまま帰った。5,726歩。