変身

辛うじて8時に目を覚まして空き缶出し。確かに昨日より肌寒い。洗濯二回。

かかりつけ医に電話。来週受ける予定のインフルエンザの予防接種の可否について、念のため確認。ぜひ受けるようにと勧められる。

午後から外出。快晴。風が強い。

駅まで歩く途中に、大きな蛙が潰れて死んでいるのを見た。車に轢かれたのか、これがホントのヒキガエル、という駄洒落はともかく、この季節に蛙を見るのは珍しい。蛙の種類にも生態にも明るくないので、ヒキガエルだったかどうかは知らない。

半蔵門へ。駅上のサンマルクカフェで遅昼がてら休憩。しばらく居座ってから国立劇場へ。

この時期の国立劇場の前庭は少し寂しい。紅葉する木があってもいいのにと思う。花をつけている木も少ない。辛うじて見つけた花は白地に薄桃色が差すのが美しい。

国立劇場十一月歌舞伎公演の第二部を見る。『彦山権現誓助剣』の六助役は片岡仁左衛門丈。三階席。

『彦山権現誓助剣』の六助は、お年寄りと子供に優しく、お人よしなところがあるけど、明るく強い正義漢。ちょっと変身ヒーローみたいだと思った。

終演後はまっすぐ帰宅。ぼんやりしていたら遅くなった。夜の散歩に。

いつもの銭湯に。もう仕舞湯が近い。14,715歩。

狐育て

巣ごもりの予定だったが変更して外出。曇り空。ラジオの天気予報では、朝晩は所により雨になるようなことを言っていた。

朝は喫茶店のモーニング。トーストとゆで卵とコーヒー。 

昼飯は煮干しラーメンというもの。河岸を変えてコーヒー。

アートトレイスギャラリーへ。中谷真理子さんという作家さんの展示。

展示タイトルの「みんなの孤育て広場」を、最初「狐育て」と読んでしまった(昨夜歌舞伎座で狐忠信を見たせいもあるだろう)。

孤独な育児のことを「孤育て」と言うらしい。タイトルから社会批判的な展示かと思うと、むしろおおらかな内容だった。しかし、未婚で子供もない私には、女性が母親となることに向かい合えていないことを見せつけられるようではあった。

この後もう一ヶ所寄り道しようかと思っていたけど、急に疲れが来て取り止め。京葉道路沿いの古い構えの洋食屋に入ってカツカレーを食べた。中は思いの外広い。これまで入ったことがなかったのを少し後悔した。

錦糸町まで歩いたら汗になる程。

上の写真のビルはもうすぐ取り壊しらしい。ビリーザキッドには一度も入らずじまい。下の写真の取り壊し跡は、松屋やテレクラが入っていた建物があった場所だろう。外からは古い喫茶店だったように見えた。

疲れを取ろうと楽天地スパに。結構客が入っている。が、一時のように、若い客の騒ぎ声が気にならなくなったのは、マナーが落ち着いてきたのか、こちらの耳が慣れてしまったのか。

12時まで居残って退館。夜も雨にはならず。思い切って錦糸町から歩いて帰った。

10,808歩だが、この歩数には日付が変わった後の分はカウントされない。

祝祭的

今日も暖かい。これなら薄手のジャケットでもよかった。

朝はドトールのモーニングセット。昼はからあげ定食的なもの。その後コーヒー。

本所吾妻橋駅まで歩いて、浅草線で東銀座へ。歌舞伎座の「吉例顔見世大歌舞伎」の第四部「義経千本桜 川連法眼館」を見る。

実は、歌舞伎座で歌舞伎を見るのは今日が初めて。当代の建物だけでなく、建て替わる前の古い歌舞伎座の中に入ったこともない。意外と思われるかも知れないが、私は歌舞伎公演はもっぱら国立劇場で見るばかりで、国立劇場以外で伝統歌舞伎を見たのは、新橋演舞場と京都南座で一度ずつある限りである。

なぜ歌舞伎座に行かなかったというと、理由は簡単で、切符の値段が高いから。もし私が学生の頃に歌舞伎に触れていたら、平日の一幕見席に並んでいただだろうけど、今はそこまでの気力もないし、時間もない。

では、なぜ今回初めて行くことにしたのか。気まぐれでということにしておきましょう。特段の理由はありません。

劇場の中に入って第一感、案外小さいんだなと思った。国立劇場大劇場に見慣れていると、舞台が小さく、天井が低く感じる。そして、場内が白々と明るい。まるで天井から採光でもしているみたいだ。これだけ雰囲気が違うとは思わなかった。国立劇場で歌舞伎を見る時は、何か儀式に立ち会うような荘重な気分になるが、歌舞伎座はどこか浮き立たせるようで、ぐっと祝祭的である。国立と民間の違いだろうか。

東銀座から浅草線で押上に。押上から歩いて帰った。

一休みして夜の散歩に。遅くなってしまったので、急ぎ足でいつもの銭湯に向かう。

外が暖かいせいか、普段に増して水風呂が気持ちいい。風に吹かれて帰り道を歩く。13,113歩。

秋葉様

巣ごもり日。洗濯機を回して朝の散歩に。

まだ朝顔が花をつけている。もう11月も半ば過ぎなのに、昔から朝顔はこんな時期まで咲いていただろうか?

そう思って調べると、どうやら朝顔は朝顔でも、ノアサガオという種類らしい。南西諸島では自生しているというので外来種とは違うのだろうが、少なくとも私の子供の頃に見た記憶はない。南方の産だけあって、さすがに東京よりは冬の気温の低い北陸には繁茂していなかったのではないか。国立劇場の裏の伝統芸能情報館の壁に盛大に蔓を伸ばしているのは、きっとこの種だろう。

昼間、巣ごもりから少し抜け出して、近所の秋葉神社に。毎年11月17・18日の大祭では火伏せの御札が配られるので、日程が合えばなるべく伺うようにしている。今年はコロナの影響で夜の縁日が行われず、昼間だけの配布になった。

ところで秋葉神社の火伏せの御札といえば、落語の「牛ほめ」である。台所の柱の節穴の上から秋葉様の御札を貼れば、穴が隠れて火の用心になる、というやつ。

落語の中の秋葉様はどこだろうか。この向島の秋葉神社だったらいいなとは思うが、もともとは上方の噺だし、秋葉神社という名前の神社は全国に千余りもあるらしい。その中には、秋葉原の地名の由来になったという台東区の秋葉神社もある。どのへんだろうと地図を見ると、いつもの散歩道から遠くない。今度足を伸ばしてみよう。

夜の散歩に。街灯の光がいちょうの黄色い葉を透かして美しい。

いつもの猫の他に、毛がふわふわの見慣れない猫が出てきた。16,413歩。

SOS

朝はドトールの持ち帰り。昼はオムライスのようなもの。

錦糸町駅近くのビルの1階の以前歯医者だったところがカフェになっていた。まだ本格開店前で営業時間も短いようだが、いずれ入ってみよう。

諸事情で某所。帰宅して夜の散歩に。

考えすぎと言われればそれまでなのだが、他者へのルサンチマンで鬱屈した気持ちが刺々しい言葉になって出てしまう。そんなことは口にしなければいいのは分かっていた。

久し振りに白鬚橋まで歩いた。スカイツリーがSOSを受信するアンテナのように見える。

今日は火曜日だからいつもの銭湯は休みで、第二候補は11時で閉店だから、ゆっくり歩いているわけにはいかない。何とか間に合った。

16,519歩。いつの間にこんなに歩いたんだろう。

もみ返し

朝はコンビニのサンドイッチ。昼はとんこつ風ラーメン。

予報どおり暖かい。昼間少し歩いたら汗ばむ程。コートは無しで正解。

東京を東から南西に通り抜けて、用件を済ませて、また同じ経路を引き返して帰宅。

もしかしたら昨日のタイ健式が今になって効いてきたのかも知れない。もみ返しというやつ。思いの外早く帰れたけど、適当に飯を食べたら気力が切れて、夜の散歩は省略。そのまま早寝した。

9,236歩。途中でスマホが電池切れになったから、実際は1万歩は行ってたはず。

えげつない

朝刊に藤十郎丈の訃報。私自身は世代も離れているし、辛うじて間に合ったという程度で(直近だと確か二年前の南座の顔見世で見た)、舞台上の姿を彷彿とするという程ではないけれど、やはり喪失感はある。88歳だったというから、吉右衛門、仁左衛門といった人たちの一回り上になるわけだ。改めて、今こういう人たちが躍動する姿を目に留めておきたいと思う。

というわけで、半蔵門に。国立劇場十一月歌舞伎公演の第一部「平家女護島―俊寛―」を見る。俊寛役は中村吉右衛門丈。今日は三階席。

永田町から有楽町線で東池袋へ。ふと思い立って東急ハンズで少し買い物の後、タイムズ スパ・レスタに。

サウナにもサンタクロースはやって来ます。

タイ健式の施術を前回と同じセラピストに頼む。しばらくぶりと思ったら、まだ二週間しか経っていなかった。このくらいの間隔で受けたほうがいいという言葉を真に受けておく。

この人の口癖なのか、最近の若い人一般にそうなのか分からないけど、「凝りがえげつない」「凝っている箇所がえげつない」という言い方をするのが趣がなくもない。

施術されて痛そうな顔をすると、ふふふと笑われる。これでも手加減しているそうで、中には死ぬほど痛くしてくれと言う客もいるというが、そこまで行けば客との間にSM的な共犯関係が成立するのではないかと思う。

ヨーグルトのメープルシロップ掛け、巣鴨のスンドゥプ屋、どこだかのうどん屋を試すのが次回までの宿題になった。

施術後の放心タイム。ドリンクはフルーツビネガー。

結局永田町で終電になってしまった。12,259歩。

柿の剥き方

資源ごみの日。空き缶に加えて、雑誌と本も少々。滅多に本を捨てない私にしては、これでも思い切ったほう。流しそうめんに使うかもと取っておいたペットボトルも捨てた。

その後、洗濯二回。

柿を剥く時は、まずヘタの部分にナイフを深く入れて、ヘタを落としてから剥いたほうが具合がいいことを発見。この年になって柿の剥き方を習得した。

午後、在宅の用件を一件済ませて外出。

しばらく履いていなかったズボンに虫食い穴があるのを見つけて、洋服直しに出そうとしたが、却って高くなるというので諦める。

京成線で津田沼乗り換え、千葉中央へ。

千葉市美術館の「宮島達男 クロニクル 1995−2020」展に。土曜日は夜間開館しているので、この時間から出掛けても間に合うのは有難い。

結局閉館まで滞在。千葉中央駅までの途中に喫茶店があったので入ってみるなど。

一旦帰宅して銭湯に。遅くなってしまった。

こんな張り紙が貼られているのは初めて見た。銭湯に来てトイレだけ借りる人なんているのかと訝しく思ったが、後から考えれば、ここは鷲神社が近い。酉の市の参拝客がやってくるのだろう。どうせならトイレを借りたついでに、お湯にも浸かっていけばいいのに。

14,791歩。夕方近くなってから外出した割には捗った。美術館の中を歩いた分だろう。

ローカル

ゴミ出しをしていたらあまり時間がなくなってしまった。コートは省略。朝はドトールの持ち帰り。

昼はイタリアン。一皿目、何かのムース、スズキのフリットとイクラを乗せて。二皿目は石鯛のカルパッチョ。三皿目、平打ちのパスタにはノドグロを練り込んであるとのこと。カラスミを和えて。四皿目、牛肉と黒豚のグリル。黒豚は宮城の産で、KAZUGOROというブランド豚なのだそうだ。私はこの豚の個体の名前がKAZUGOROかと思ったと言ったら、豚が食べられなくなると言われた。五皿目、かぼちゃのプリン。コーヒー。

夕方、錦糸町に出たら、駅前の街がいぶされたように煙い。一瞬火事を疑うが、焼き鳥のにおいがする。どこかの焼鳥屋が景気よく煙を出しすぎたか。ここまで街に煙が流れるのは、コロナ禍で換気をよくしているせいだろうか。

神保町へ。美学校の「宥学会・遊学塾」に。講師は美術批評家の土屋誠一氏。

講題は「美術における『京都学派』 須田国太郎から考える あるいは、別のモダニズムについて」。この「別のモダニズム」の部分には何とかついていけるかと思われたが(それも怪しいが)、話が京都学派、具体的には西田幾多郎の思想に及ぶと、途端に難解さが極まる。

ともあれ、西洋における「自然」と固有色の関係は興味深く聞いた。ひとことで「リアリズム」といっても、どうやら二つの見方がありそうで、それは突き詰めれば「自然」をどう捉えるかに拠るのではないか、というのが私の辛うじての理解。

しかし固有色って英語でlocal colorって言うのか。日本語の固有色という字面とずいぶん語感が違う。普通、ローカルという外来語から、固有という意味はなかなか出てこないだろう。考え出すと深みにはまりそうだから、このくらいにしておくが。

ない頭を捻って疲れた。夜の散歩は省略。11,009歩。

30分

今シーズン初、コートを着て出かけた。朝は調理パンの店の持ち帰りサンドイッチ。

昼はイタリアン。一皿目、ミニトマトのゼリー寄せ。ツルムラサキの花芽をあしらっている。二皿目、テリーヌいろいろと野菜の盛り合わせ。テリーヌは黒豚、浜田港の魚介、山形のきのこ、後は忘れた。野菜も山形。三皿目、エビのクリームソースのスパゲティー。四皿目、地鶏のグリル、インカのめざめときのこを添えて。五皿目、抹茶のティラミス。コーヒー。

夕刻、バスで錦糸町に移動して所用。

楽天地の入口前に老若男女の行列ができている。何かと思って覗くと、和菓子の製造直売だった。和菓子って人気なんだね。

今日は昼をしっかり食べたが、お腹がふくれた後はその分お腹が減るのは道理である。帰りにミソタンメンなどを食べてしまった。

お腹がこなれるのを待っていたら、ずいぶん遅くなった。夜の散歩に。さすがにパーカーでは寒いので、これも今シーズン初のアウトドアジャケットを着て出かけた。これなら中はTシャツ1枚でも大丈夫である。

いつもの銭湯に。余所見せずに歩いても30分かかることが分かった。閉店時刻が近い。お客の姿も少ない。お店の人が流し場に片付けに入ってきた。外に出ると表の看板の電気が消えていたのは、初めて見た。

歩き出して程なく、日付が変わった。11,121歩。